Archive for 8月 1st, 2011

こんなはずじゃ…

ある秋の休日、父と高校生の娘がドライブに出掛けた。
最初は娘の作ったお弁当を公園で食べ、午後になったら帰る予定だったがあまりにも天気が良く気持ちいいので
山の方に行ってみることにした。
山の麓のコンビニで飲み物を買い込むと、その店の店員がこう忠告してくれた。
「あの山、最近になって急に車が事故から転落する事故が多発してるんすよ。気をつけて下さいね」
山道に入ると周囲の紅葉は見事で、父と娘は紅葉狩りを楽しんだ。
しばらく車を走らせると崖道に出た。道の路肩には「事故多発!!注意!!」と書かれた看板がたけかけられており、
どうもこの道が店員の言っていた事故多発地帯らしい。しかし、その道は道幅こそせまいもののカーブはかなり緩く
危険な道には見えない。

父が「どうしてこんな道で事故が起こるんだろう?」と不思議に思いながら運転していると不意に前方から
少女が飛び出して来た。「うわっ!!」父は大慌てでブレーキを踏んだが間にあわなかった。
少女はボンネットに叩き上げられ、体をアスファルトに打ち付けた。
すぐに娘の携帯電話で病院に運ばれたが、少女は半日苦しみ死亡した。
少女は麓町の資産家の娘で、病弱だった為に別荘のある山の集落に夏休みから来ていた。
被害者が全面的に悪いとはいえ、少女と父親はかなり辛い目に遭う事になった。
少女の両親は妙齢になってから産まれた一人娘を溺愛していたらしく、少女の母親は父と娘を口汚く罵り、
焼香をあげることも許さなかった。
大きな会社を経営している少女の父親は父が勤務していたタクシー会社に圧力をかけ、職を追わせた。
家にも無言電話や嫌がらせの手紙が殺到した。
父一人子一人だった娘と父は親戚を頼って他県に引っ越し、父親は別のタクシー会社で働き娘は
一年浪人して看護学校へ入った。

それから数年がたち、娘は無事看護学校を卒業し、自宅通勤の可能な病院に就職した。
その病院の医師は偶然に以前偶然あの少女が搬送された病院で働いていた。
しかもあの少女の、手術も担当したという。
娘は古傷を抉られるようで、その医師を何となく避けていた。
しかしある日、娘は医師に呼び出された。
「話って何ですか?」「実は・・・」
医師の話はこうだった。

少女が運び込まれて来たとき既に折れた肋骨が血管や内蔵につきささっておりとても助けれる状態ではなかった。
それでも搬送されてきた以上少女には最善を尽くさなくてはいけない。
医師はメスを握り肋骨の摘出を始めた。
その時かすかに意識があるのか少女の唇が動いた。
「何だ・・・?」
少女の呟きを医師はとらえた。
少女はこう呟いたのだ。
    こ   ん   な   は   ず   じ  や  な  か  っ  た

少女が死亡した後も少女の最後の言葉は大きな謎として残った。
こんな筈じゃなかった・・・。
では、どういうつもりだったのか?
不審に思った医師はその崖で起こったとされる転落事故について調べることにした。
件数は四件だったが全てその年の夏から秋にかけての事故であり、事故現場は全て少女が車に轢かれた場所だった。
現場には急にハンドルをきった後があり、何かをよけようとして事故ったのではないかという推測がなされていた。
もっとも事故に生存者はおらず、詳しい事情などわからないが。
あの場所で事故が起こったことは後にも先にもこの四件だけで更に少女の死後は、事故は一切起こらなかった。
更にいえば少女が病気で休学する前、少女の通っていた有名私立小学校には兎小屋の放火が二回起こっていたこと、
低学年の時の少女の担任が「少女に性的悪戯をした」という少女からの訴えで免職になっていたことを告げると
医師は部屋を出て行った。


密室

予期せぬ時に予期せぬ出来事が起きると、どうして良いか分からなくなる。
これは、俺が先日体験した話。

俺はその日、市内のデパートに買い物に行った。
デパートと言っても大手のところではなく、ちょいと古い小さなデパート。
雨が降っていたこともあり、平日の昼間、お客はあまり居なかった。

俺は5階にある紳士雑貨で目当ての物を買い、さて帰ろうと思ってエレベータに乗った。
上から降りてきたエレベータには、2人のお客が乗っていた。ちなみにエレベーターガールなんて洒落たものは居ない。
4階に着き、お客は2人とも降りる。エレベータには俺1人。
そのまま下がっていき、3階を過ぎたときだった。
突然エレベータが止まり、電気も消えた。

どうやら停電のようだった。
これには焦った。「うぉっ」とか素で言ってしまった。
誰も聞いてなくてよかった。
しばらくすればすぐ動き出すだろうと思ったが、どうにも落ち着かない。
なにしろこのエレベータ、窓がない。しかもなぜか非常灯もつかないので完全に真っ暗。このオンボロデパートめ。
明かりが欲しかったので、俺は携帯を取り出した。
ぼうっと明るくなる。なんとなく落ち着く。
エレベータ内の奥に立っていた俺。
携帯から顔を上げて何気なくドアの方を見た。

操作パネル板とは逆側の角に、誰かが後ろを向いて立っていた。

よくある、髪の長い白い服を着た・・・というものじゃなかった。
暗くて色はよく分からなかったが、ワンピースを着たショートカットの女性だった。
俺以外乗っているはずがないのに、そこに居た。
俺は固まった。ほんの数秒だろうけど、俺は動けなかった。
それを見たくなかったが、なぜか視線をそらせなかった。

心の中で、お願いだから振り向かないでくれ、と祈った。
声も出さないでくれ、動かないでそのままじっとしていてくれ、と祈った。
もしそいつがこっちを向いたり、何か、きっと恐ろしい声で何か言ってきたら、
俺は永遠に叫び続けることになると思った。
自分の叫び声で気が狂ってしまうと思った。

俺は携帯を切った。今度は明かりが怖かった。
馬鹿げてるかもしれないが、その明かりのせいで、そいつがこっちを向いてしまうのではないかと考えた。

徐々に暗闇に目が慣れてきた。そいつは相変わらず、角に頭を付けるような格好で、こちらに背中を向けて立っている。
俺はじっと固まっている。嫌な汗がたくさん出てきた。

・・・するとそいつが動いた。
背中を向けたまま、操作パネルの方に動いていった。歩いている感じではなかった。滑るように、音もなく動いた。
俺はなんとか叫ぶのを堪えた。声を飲み込んだ。
そいつは操作パネルの前に立った。

俺はもう、ガタガタ震えていたと思う。もうダメだ、もう限界だ、と思った。
そいつが手をあげて、最上階のボタンを押した。
暗かったはずなのに、そいつの指はよく見えた。爪も剥がれてボロボロの指だった。
そしてゆっくり振り向いて、低い、低い声でこう言った。
「何階から、落ちますか?」

死人の顔。言葉では言い表せない。
俺はそれと目を合わせてしまった。いや、目なんてなかった。黒い眼窩を見た。
俺は限界を超えた。俺の身体が、叫ぶために息を大きく吸い込んだ。
さぁ声の限り・・・という瞬間、パッと明かりが点いた。エレベータの稼動音がした。
アナウンスの声が聞こえた。
「一時的な停電により、お客さまには大変ご迷惑を~・・・」

そいつは消えていた。

俺は無事に、エレベータから出ることができた。

あとで、昔そのデパートの屋上から飛び降り自殺をした女性が居る、という話を聞いた。
ああいった古い建物にはよくある話かもしれないが、俺は信じた。
俺はもう、あのデパートには行かない。
1人でエレベータには乗らない。
今度は無事に済む気がしない。
あの顔とあの声は、一生忘れられそうにない・・・。


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