聞いた話である。
そのカセットテープは、ある日、突然郵便や宅配便で送られて
来るそうだ。
もちろん、差出人の名前なんかない。
テープ自体はどこででも手に入る安物なのだが、小さなカード
が同封されている。
内容はだいたい次の通りだ。
「これは、天国からの放送を録音したテープです。空中にはたく
さんの放送電波が飛び回っていて、その中には天国からの放送も
まじっていますが、ふつうの状態では受信できません。私たちは
その、天国からの放送を録音することに成功しました。くりかえし
聞いてください。かならず天国からの声が聞こえます」
昔に流行った不幸の手紙モドキかと思い、たいていの人はばかばか
しく思ってこのテープを捨ててしまう。
そうでない人も部屋の片隅に投げだし、ホコリまみれにしてそのまま
忘れてしまう。
好奇心に負けて、あるいは趣味のよくないジョークのつもりで、実際
にこのテープを聴く人は、ほんのわずかだ。
テープには、最初なんにも入ってはいない。
それでもがまんして聴いていると、そのうちかすかに雑音が
響いてくる。
そうしてだんだん、その雑音が大きくなってくる。
“ザーッ”とか“ブーン”とか“キーン”
といった、ただのノイズだ。
聴力検査のときに聞こえてくるアレだと思えばいい。
そのノイズは、えんえんと続く。
・・・・何十分も。
いくらがまん強い人間でも、このあたりでSTOPのボタンを押すこと
になる。
「なーんだ、やっぱりハッタリか」
「クズテープじゃない、こんなの」
というのが、おおかたの感想だろう。
もっともだ。
今度こそゴミ箱に放り込む人もいるだろう。
ところがである。
ここからが本筋なのだが、このテープを一度聴いた人間は、また
聴きたくなるらしいのだ。
何の内容も、価値もない、ノイズしか入っていないクズテープをだ。
どうしてそんなガラクタにひかれるのか、実のところ本人にもわからない。
(もう一度アレを聴いてみるか・・・)
そんな考えが頭の中でどうしようもなくふくらんで、再び手をのばす
のである。
もちろん、この時点でテープが手許に残っていれば、の話だ。
そうすると奇妙なことに、最初ほどノイズが気にならなくなる。
それどころかノイズがなんとなくある種のリズムを含んでいて、聴
いていると気持ちがいいような気さえしてくる。
そのうえ、なんだか、ノイズのあいだに、いろいろな音がまじって
いるように思えてくるのである。
それは、正体のわからない動物が、うなるようなものだったりする。
男女の会話がとぎれとぎれに聞こえてくる気もするが、はっきりしない。
「もう、間に合わないよ」とか
「だめだよ」とか言っているようだが、
何が間に合わなくて、何がだめなのか、さっぱりわからない。
やがてそれは、遠くで怒鳴っている声や、けたたましい笑い声、金切
り声としか言い様のない絶叫、
「イヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ・・・・」
といったいやらしいふくみ笑いなどを何の脈絡もなくまじえると、
とうとつにとぎれてしまう。
あとはまたノイズだ。
大部分の人は気味が悪くなって、テープを今度こそ手放してしまう。
残ったほんの少しの人だけが、まるでとりつかれたようにテープを
聴き続けることになる。
もう、友達にも家族にも相談せず・・・・何度も、何度もだ。
テープのノイズは、聴けば聴くほど心地よくなってゆく。
そのかわり、ノイズのあいだの声はしだいにはっきりしてくるという。
そんなある日、声はとうとつに聴き手に向かって言うのだ。
はっきりと。そうして、ウンともスンとも言わなくなるのだ。
ノイズだらけの、ただのクズテープに戻ってしまうのだ。
いったい、何を言うのだろう?
聞くところによると、それは八桁の秒数であるらしい。
それが何を意味しているかは、自由に解釈してもらうしかないのだが。
いずれにしてもそれは、いくら長くても八桁以上になることはなくて、
とにかく、よく“当たる”そうである。
・・・・八桁の秒数がいかに短い時間であるかは、これを日数に換算
すれば一目瞭然だろう。
あくまでも聞いた話ではあるが。