俺が大学の友人Yから聞いた話。

去年の夏、Yは遅まきながらSNSに興味を持った。
ネット上のサービスで、登録した者同士で、メッセージをやり取りしたり、特定の話題について語るコミュニティを作って、交流するというものだ。

Yが登録したのは一人暮らし専用SNSという、その春一人暮らしを始めたYにぴったりのところだった。
近所で一人暮らししてる女の子と出会えるかも、などという下心もあったが、実際始めてみると一人用料理のレシピや洗濯のテクニックなどを紹介するコミュニティが大いに役立って、YはどんどんそのSNSにハマっていった。

Yがミーコと出会ったのは、半分冗談で入った、「一人暮らしで出会ったオカルトな出来事」コミュニティだった。
ミーコというのはSNS内で名乗るニックネームで本名は知らない。住んでいる場所は東北と、関西に住むYとは随分遠いのでまず会うことはないが、ミーコの独特の雰囲気が気にいったYは直接メッセージを送ってみたのだ。

ミーコが変わっているのは、とにかく不思議なものに出会い過ぎるということだ。
幽霊は当然のように、妖怪、精霊、天使、悪魔、はては宇宙人ともコンタクトしたらしい。

コミュニティでは賛否両論で、酷い言われ方をされることもあったが、変にユルいおかしみのある反論の仕方がYには面白かった。

「いるもんはいるんだから仕方ないよぉ。朝に目を開けたら目の前にすごい顔のお婆さんがいるんだぜぇ? キスされるかと思ったよぉ」

万事そんな調子だった。

Y自身は霊感の類いはまったくなく、オカルトは単なる娯楽程度に考えている。当然ミーコの言うことも本気では信じてはいず、面白いネタ程度に考えていた。
Yはミーコに話を合わせたり、たまにはからかったりしながら、毎日だらだら雑談のようなメッセージのやり取りを続けていた。

数ヶ月は経った頃、そのメッセージは深夜に届いた。

「こんなのキタ。

辻紗由 さんからのメッセージ
お前ハ私をクルしめるか?
見えないつもりか?
好きカッテ言うつもりか?
お前ハゆるさない
ゆるし許してほしくても許さない
嘘付きには罰を」

コミュニティの中でミーコに反感を持った人だろうか。
Yは、気にせず放っておけ、とメッセージを返しておいた。

しかしミーコのもとには毎日「辻紗由」からのメッセージが届けられた。
内容は同じような恨み言の羅列で、最後は必ず「罰を」で終えていた。

さすがにYも気になって、SNS内の「辻紗由」のページを見てみたが、ニックネーム以外の情報は空白、参加しているコミュニティは 「一人暮らしで出会ったオカルトな出来事」コミュニティだけだった。
ミーコに、SNSの運営に相談したほうがいい、と助言した次の日の夜、またミーコからメッセージが届いた。

「これはマジでやばいかも? 歯磨いてたら、鏡に知らない女が写ってたよぅ。すっごい睨んでた。コワッ。その後にメッセ届いてるしぃ。

辻紗由さんからのメッセージ
お前みつけタ
にがさん
絶対にニガさん
お前に罰を

マジで呪われた。私殺 される?」

相変わらず緊迫の度合いがよく分からなかったが、事態は悪化したようである。

しかしYには、本当に「辻紗由」が取り憑いたというよりは、「辻紗由」のメッセージにミーコが影響され過ぎたように思えた。
問題はそれをどう伝えるかだ。幻覚だよ、と下手に否定するとかえって意固地になるのがミーコだった。

考えあぐねていると、またメッセージが届いた。

「お風呂入ってたら髪引っ張られた! ナニコレ!! しかも洗面所でまたもご対面ですよぅ。チョット死 にたくなったわ」

Yはあわてて、落ち着いて今日は友達の家に泊まらせてもらえ、明日神社でお祓いしてもらえ、とメッセージを送った。

しばらくして返信があった。

「激写してみたぜぇ。カンペキ写ってるよぉ。怨念こもったお姉さんだぜぇ」

とのメッセージに画像が一枚添付されていた。

画像を開けると、洗面所の鏡を写した画像で、左半分に携帯を構えた20才くらいの女の子が、右半分はただの白い壁が写っていた。
この無駄に目を見開いたちょっとかわいい女の子がミーコだろうが、ミーコの言う「怨念こもったお姉さん」は見当たらなかった。

念のために画像加工ソフトで調整してみたが、壁はのっぺりとしたただの壁で、何も写ってはいなかった。
やはりミーコは何もないのに見たつもりになっている。

大分迷ったが、Yは正直に何も写ってないことを伝えた。同時に、重ねて今夜は友達の家に泊まって、明日お祓いをするようにとも書いた。そうすれば少しは気が済むだろうと思った。
Yにすれば、すぐにミーコのもとへ行けない距離なのがもどかしくもあったが、どこか他人事な気分もあるのは事実だった。

ミーコからメッセージが届く。

「ヤラレタ」

というだけのメッセージと添付画像。画像には手首の辺りを横に切った左腕が写っていた。
これを見てYは一瞬気が遠くなった。思っていた以上にやっかいな相手だ。

どう対処するのが正しいか。Yは初めて真剣に考えた。飛行機でも新幹線でも使って東北に行く。直接会う。それしかない。
早速メッセージを送る。会うもなにも住所も知らないのだ。

返信はすぐに来た。

「ゴメン、嘘。嘘だから。私は大丈夫だから」

何度もメッセージを送ったが、もう返事は帰ってこなかった。
本名も住所も携帯番号も知らない。もうYに出来ることはなかった。

それから二週間ほどして、Yの家に刑事が尋ねて来た。ミーコのことだった。

ミーコは二週間前、自室で首にナイフを刺した状態で死 亡しているのを警察に発見されたという。
物凄い悲鳴と物音に驚いた隣人の通報によるものだ。死 亡推定時刻はあのメッセージからそう遠くない時間だった。

事件も疑われたが、密室状態であったことなどから自 殺 の可能性が高いと判断されていた。
ひどく暴れた様子から、そう楽に死 ねた訳ではなかったようだ。

自室には開いたままのパソコンがあり、そこにYとのやり取りが残っていたために、念のために事情を聞きにきたという。
とはいえ、警察の方でメッセージのログはすでに取得しており、Yが付け加えて話すようなことも特になかった。

逆にその刑事から「辻紗由」のことを聞かされた。

「ようは彼女自身だったんです。SNSに別の名義でもう一人分登録し、名前を「辻紗由」とした。彼女は同じパソコンを使って「辻紗由」から「ミーコ」にメッセージを送信していたんです。「辻紗由」はただそれだけのために用意されたものです。どういった心理によるものか・・・それは専門の先生に聞いてみもしましたが、彼女自身の葛藤を反映したようですね。ある人格をネット上で演じ続けることに無理を感じ始めた。実生活の彼女は・・・」

Yはそこで話を遮った。

刑事が帰った後、Yは強い虚脱感を味わった。しばらくして起き上がると、パソコンを立ち上げた。
いつものSNSのサイトを開けると、「退会」の項目を選択した。

退会処理を終えてパソコンをシャットダウンする。
液晶ディスプレイが暗転すると、そこにはいつもの自分の姿と、肩の辺りに若い女の子の顔が写っていた。

「ありがとう」

耳元で声が聞こえた瞬間、ミーコの姿は消えていた。

そこまで話を聞いていて、俺はYに聞いてみた。

「結局、ミーコの話はどこまで嘘だったと思う? 最初っから最後までまるごと虚言だったのかな?」

「さあな、でも以前と比べるとそういうのを信じるようになったんだよな。俺は」

「部屋に帰るとお帰りなさい、なんてのは勘弁しろよ」

Yは笑ったが、泣きそうな顔にも見えた。