ある男が、ビデオを借りようとビデオ屋にいた。
特に目新しい物は無く、何も借りずに店を出ようとした。
が、あるビデオが男の目に止まった。

「ノコギリ」

カバーの無い剥き出しのテープに、題名が書いてあるラベルが張ってあるだけだ。
それも手書きである。
男はその妙なビデオに興味を持ち、借りる事にした。

家に帰り、ビデオデッキにテープを入れる。始まった。
何の前触れも無く始まる。ノコギリを持った男が林の中を走っている。
ボロボロの服を着、右手にノコギリ。そして無表情だ。
走る。ただ走る。
10分、20分、30分。場面は変わらず、ノコギリを持った男が無表情に走っているだけだ。
男は退屈になり、ビデオを止めようとした。

が、突然場面が変わった。林を抜け、今度は町の中を走っている。
そして住宅街に入り、一軒の家の前で立ち止まった。
そしてノコギリを持った男は、家の門柱を切り始めた。

すさまじいスピードで。恍惚の表情で。

男はしばらくビデオを見ていた。が、何かを感じた。
既視感。
そして気づく。

「これは俺の家だ」

男は窓から外を見た。いる。
ビデオと同じ。ノコギリを持った男が、門柱をノコギリで切っている。恍惚の表情で。
男は止める様ノコギリを持った男に向かって叫んだ。
が、ノコギリを持った男がやめる様子はない。

男は考えた。ビデオを止めれば良いのではないか、と。
ビデオデッキの停止ボタンを押す。そして外を見る。

ノコギリを持った男は消えていた。
外に出て、門柱を見る。半分ほど切られている。
門柱の側には、ノコギリが落ちていた。

今もそのノコギリは、大事に保管してある。