5歳の頃だった。悪夢を見た。
そのあまりの恐怖に目が覚めた。薄明かりの中、天井に吊された電球が見えた。
そして子供ながらに、それが夢であることにホッとして一息ついた。
その時には、どんな夢だったか忘れてしまっていた。ただ、酷く恐ろしい夢だったという記憶しかなかった。

気が付くと、足元で何かがゴソゴソしている。下目使いに目をやると、何かが動いているのが分かった。
ん?と思い、私は上半身を起こした。

今考えると、何者かの力で「引き起こされた」という方が正しいかもしれない。
そして、アイツが居た。これから数十年に渡り戦い続けねばならない悪魔のアイツが。私はそいつと眼前30センチほどで鉢合わせしてしまった。身体を起こし た私の前に、それは居たのだ。

年の頃は、私と同じくらいの子供である。髪の毛がボウボウと伸び放題で、目だけが異様に光る奴だ。

昔の絵巻物に登場する施餓鬼の印象だった。といっても、5歳当時の私に施餓鬼など知る由もない。大人になってから印象が似ていると思ったわけだが。

服までは覚えてない。ただ、手に持っていたものは、今でもしっかり覚えている。
鎌である。草刈りに使う鎌を右手に握り、上目遣いに私をにらみつけていたのだ。
私は恐怖の余り、足を投げ出した恰好で固まってしまった。こんな恰好で金縛りもないだろうが、身動きがとれないのだ。

そいつは、私が動けないのを知ると、手に持っている鎌を誇らしげに振りかざした。
「ヒヒヒヒヒっ」と妙に甲高い声で笑うと、そいつは私の投げ出している足をめがけ、鎌を振り下ろした。
スパッと私の足は、膝から下が切り取られた形になった。血は出てないが切り口から赤い身が見える。
でも、不思議と痛みはない。悲鳴を上げようにも声が出ない。

そいつは、再び鎌を振り下ろした。もう片足も膝の辺りでスパッと切り離される。
どうすることも出来ない私に、そいつは身を乗り出してきた。今度は腕を切り始めたのだ。
私はついにダルマのように四肢を無くしてしまった。その時、私は目が覚めた。
そう。夢だったのだ。あの醜い施餓鬼のような妖怪は夢だったのだ。
今度こそ、いつも見慣れた天井が見えた。

ふと、足元で動くものがある。あれ?変だなと思って身を起こすと。
居た。居たのである。あいつが。
夢の世界から抜け出て、今私の前にいる。
手に鎌を持ち、夢と同じ様に私をにらみつけているのだ。
再び私は身体が硬直し、またあいつが鎌で私の四肢を切り取る。ヒヒヒヒッと笑いながら。
うわっ。なんだこれは! 夢じゃないのか。再び私は目が覚めた。

私は怖々足元を覗いてみた。
今度こそ大丈夫・・・・だろう。
いや、違った。やはり居た。あいつが居た。手に鎌を持って。
そして、さっきと同様、私の四肢を切り取る。
まるで私が怖がっているのが楽しくて仕方がないような様子で。そしてまた目が覚めた。
またまたあいつがいる。
そしてまた、私の手足を切り取る。
いったいどこまで続くのか? 底なし沼の夢の中。夢から覚め、妖怪と出くわし、手足を切られ、夢から覚める。

それを何度も繰り返した。
まるで、夢の中に何層も夢が内包されているような、何段も重なった夢。
私はそこから抜け出せなくなっていた。

いつしか私は諦めともつかぬ気持ちに襲われ、眠りに落ちた。
失神したという方が正解かもしれないが・・・。その悪夢は、一日で終わらなかった。
ある時、ふと目が覚めた。足は大丈夫だろうか? また、あいつがいるんじゃないのか?
そっと手を伸ばして足に触ってみる。太股は・・・あった。
身体を丸くしてもう少し下を探ってみる。膝頭は・・・あった。ホッと一息。
じゃあ、膝下は・・・・・・ない。そこから先は、私の手が空中を泳いでいる。

え?まさか! ガバッと起きた私の目の前には、やはりあいつがいた。目を覚ます前に、私の足は切り取られていたのだ。
ヒヒヒヒヒっ。残忍な愉悦に満ちたその笑い声を聞きながら、私は気が遠くなっていた。

次の日も、また次の日も、一週間ほど悪夢は続いた。

同じ夢、同じ内容、まるで私に念を押すように何度も何度も。私は眠るのが怖くなった。夜中目を覚ますのが怖くなった。ふと目を覚ますと、あいつがいつもの ように足元でモゾモゾしてるんじゃないのか。
その恐怖に、夜目が覚めても自分の足元を見ることが出来なかった。触って確認するのも怖かった。そのまま目をつぶり必死に眠りに就こうと努力した。それが 唯一の手段だったからだ。

しかし、忘れようとしても忘れることのできない悪夢となってしまった。
5歳児の私には、それは恐怖以外の何物でもなく、案の定それ以来トラウマになってしまった。
眠りに就くのが怖いと思うようになったのだ。今では慢性的な不眠症に苦しんでいる。