ある若い女性の話。彼女は1年前に夫と結婚して妊娠中であった。
田舎へ帰省するため、夫が運転する車で山道を走っていた。渋滞につかまって
しまい、夜遅くなってしまった。細い道を急いで走っていると、いきなり目の
前に黒いものが現れ、衝撃とともに彼女は気を失った。
意識をとり戻すと、フロントガラスにヒビが入り、べったりと人の顔が貼りつ
いている。
「やってしまった・・・」
人を轢いてしまった。
運よく通りすがりの車に発見され、彼女たちは病院に担ぎ込まれた。彼女とお
腹の子は無事だったが、夫は返らぬ人となった。その夜は、ひたすらに泣いた。
病院側は、今回の事故は警察に通報しなかった。

その後、引越して別の地に移り、彼女には息子が生まれ、すくすくと育った。
小学5年生にあがったころ、彼女は息子のために携帯電話を買ってやることに
した。息子も欲しがっていたし、何より愛する息子の安全を考えてのことだっ
た。
「最近、お友達とは遊んでるの?」
ある日、彼女は息子に聞いた。息子はあまり出かけず、友達もあまりいないよ
うなので、心配なのだ。
「うんん。遊んでるよ。今日もいっぱい話したよ」
「あら、いっぱい話したの?」
「ケータイでいっぱい話すんだよ。」
どうやら近所の友達ではないようだ。その子はケイちゃんという名前だそうだ。
毎日のように、息子はケイちゃんと携帯で話していた。不思議なことに、息子
は通話の最後に決まってこういうのだった。
「お母さん、ケイねぇ、あと120キロだって」
「え?なあにそれ?」
「あと120キロだって」
意味はよくわからなかった。夕食のとき、彼女は聞いてみた。
「ねぇ、タカちゃん。ケイちゃんってどんな子なの?」
「えっとねぇ・・・ケイはねぇ・・・んふふ~。」
息子が顔を赤らめたので、彼女はガールフレンドでもできたのだろう、と思った。
「ケイねぇ、遠いんだよ。」
少し自慢げに息子は言った。やはりケイちゃんの話になると、息子は良く分か
らないことを言った。そんな感じで、毎日のように息子は友達と話し、決まって
最後はこういうのだった。「ケイねぇ、あと120キロだって」

「ねぇ、タカちゃん。ケイちゃんといつもどんな話するの?」
「ケイねぇ、会いたいけど動けないんだって。」
彼女は夏の余暇を利用して、息子と実家に帰ることにした。息子はおばあちゃん
の家に泊まりたいというので、1週間ほど実家に預けることにした。いつになく、
息子は嬉しそうに携帯の友達と話しこんでいた。実家から帰るとすぐ、彼女は母に
電話をいれた。
「タカは大丈夫?一週間よろしくね。タカの声が聞きたいわ」
「はいよ。ちょっと待っててね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お母さん!あのね!聞いてよ!」 しばらくすると息子の嬉しそうな声が受話器
から聞こえた。
「なあに、どうしたの?」
「ケイねぇ、ちょっと動けるようになったんだって!あと10キロだよ!近いん
だよ!」
「そうなの、良かったわね。」
「・・・・・・・こっちきてる・・・」
いやな予感がした。こんな夜中に「きてる」って、どういうことだろう?
「タカちゃん、正直に言って。ケイちゃんってどんな子なの?」
「交通事故だって。」

次の日の朝、実家から電話がかかってきた。息子からだった。
「お母さん。ケイねぇ、今日こっちきた。」
「え?」
「お母さんにも会いたいって。あのね、あのときのことで話したいって」
彼女は思った。ケイちゃんとは、事故で亡くした夫ではないかと。夫の名はケイイ
チロウ・・・
「タカちゃん、待ってて!いまそっち行くわ!」
その日は仕事を休み、実家に急いで行った。そして、息子を連れて事故現場へ赴いた。
彼女は、花をたむけ、夫を供養した。「・・・ごめんね。あたし、あなたと話したいわ。」
そのとき携帯が鳴った。「・・・はい。」
「お母さん、あのね、」  後ろを向くと、なぜか携帯を使って、息子が彼女に話しか
けている。山では圏外のはずなのに。
「ケイねぇ、いま病院だって。」
彼女は、近くの病院へ車を走らせた。そこは彼女と夫が運ばれてきた病院だった。
当時の担当医はすでに転勤していたが、事故当時の詳細を聞くことができた。
夫は亡くなる間際、しきりに何かを訴えていたのだという。彼女は夫と話しがしたか
った。
次の日、知り合いに頼み、彼女は霊能者に相談をした。霊能者は会ったとたん、いきな
り彼女に詰め寄った。
「夫さんと話しがしたいそうだけど、それよりあなた、大変なことになってるわよ!」
そのとき、携帯が鳴った。家にいる息子からだった。
「お母さん、ケイねぇ、もう歩けるから、こっちくるって。」
その通話を聞いて、霊能者の顔色が変わった。
「いますぐ切りなさい!」
「お母さん、ケイねぇ、あと100キロだって。」
「いますぐ切りなさい!息子さんにもいますぐ切るように言うのよ!」
「お母さん、あと99キロだって。」
霊能者は無理やり彼女を車に乗せ、息子のもとへ向かわせた。 「急ぐのよ!早く!」
運転中も携帯は鳴り続けていた。
家に着いて玄関を開けると、息子が携帯を片手に立っていた。
「お母さん、ケイねぇ、お邪魔しますって。」
お邪魔します?ただいまじゃなくて?
霊能者は、彼女と息子を連れて車を発進させた。
「奥さん、あんなモノ轢いちゃ駄目じゃない!・・・病院はどこ?あなたが担ぎこまれ
た病院よ!」

事故の被害者は、タカハシ・ケイという若い男性。当時、彼女たちと一緒に運ばれてきた。
すぐ亡くなったが、そのあと担当医は転勤。みな、ケイという人物について多くは語ろう
としなかった。むしろ、彼女と息子に対して冷たい視線が当たっていた。
「そのケイさん、供養しましょう。」 霊能者がそういった。
供養の儀式をしているとき、一人の看護士が彼女にそっと話しかけてきた。
「奥さん、オバコサマってご存知ですか・・・」
「はい?」
「この辺りの、ずっと昔からの古い・・・」 途中でほかの看護士に止められ、話し
は中断した。
その後、息子にケイと名乗る人物から電話は来なくなった。彼女はその日も、いつものように仕事を終えて家路を急いだ。家では、夕食を待つ息子
がいる。家に着いて玄関のポストを見ると、封筒が入っていた。切手も何も貼っていな
い。封筒を開けると、手紙が入っていた。読もうとしたとき、携帯が鳴った。
「奥さん!」 霊能者からだった。
「いますぐ息子さんを連れて家から離れて!」 ふと手紙の文章が目にはいる。
『もしもし、お元気ですか。こっちも動けるようになりました・・・』
「ごめんなさい!被害者のケイさんは関係なかったのよ!問題はケイさんの中に入ってた
モノだったの!病院であなたを診察した医者はもう・・・」
『がんばって着きました。おかえりなさい。中で待ってます。』
「逃げて!あたしの力でも駄目なのよ!」
『お話しましょう。中で待ってます。ナカで待ってまああす。』
彼女はその場に立ちすくんだ。家の中から声がする。

「おかあさん、おなかすいた」