Archive for 7月, 2011

くぼみ

深夜。就寝中。

当時、1Kの部屋に住んでいた俺は、ベッドを窓際に置いていた。
ベッドの頭の位置からは、キッチンの廊下越しに玄関が見える。
その廊下と部屋をしきる、磨りガラスが真ん中に付いたドアが一つ。
そんな部屋構成だった。

どうしても、部屋を真っ暗にしてからでないと寝られない俺は、
暗闇の中で、ふと自分の躰が動かなくなっていることに気付いた。
(やばいなぁ・・・金縛りかなぁ・・・)
霊に対する「居る」「居ない」という議論に中立を守る俺は、
結構冷静に自分の状態を分析していた。

天井に向かって仰向けのまま、全身が動かなくなっている。
意識はあるのだが、四肢すら動かすことが出来ない。
動かしたくても動かせないのは、長時間の正座で足が痺れてしまうのに似ていた。
それがずっと全身に渡って続く感じ。
その金縛りの中、(どうしようかなぁ・・・これから)などと呑気に考えていると、
気付いたことが一つ。

廊下のドアの外に、誰かが居る。

ジッと息を殺して、ロングコートで顔の見えない女が廊下に立っている。

何故か、扉の向こうに立っている筈なのに、容姿までが分かってしまっている。
それに、どうして女性だと判断できたのか?
そして。
部屋の電気は消えているので、女どころか、自分の部屋の壁すら見えない筈だ。
未だに分からないが、その時は瞬時にして理解していた。
女が立っている。

相変わらず躰は動かない。
女がドアの外に居ることの恐怖感よりも、この状況に変化が起きないことの方が怖かった。
おそらく、あの磨りガラスには姿らしき影が映っているはずだ。
微妙に揺れながら。
こちらへ入ってこようとしているのか。
それとも、別の意志か。

変化の起きない状況に、自分の精神が圧迫され、心臓の鼓動がゆっくりと高まっていくのに気付く。
荒い息づかい。
その呼吸は、果たして自分のモノか、女のモノか。
耳の内側に、最大の音量で迫ってきた自分の心臓の鼓動が、ピークに達したとき。

自分のベッドの上で上半身を起こして目が覚めた。

耳の中の鼓動が、徐々に小さくなっていく。
呼吸が荒い。寝汗が酷い。全身がビッショリだ。着替えたい。
相変わらず暗闇だ。女の気配はない。この部屋には一人だ。
「夢か・・・」
声に出して言ったのは、そうであって欲しかったからという希望と、
現実に帰ってきたことを実感したかったから。
いつものように慣れた手で蛍光灯の紐を引き、明かりを付ける。
磨りガラスには何も写っていない。
ホッとしている自分を感じながら、来ていたTシャツを脱ぎ、再び布団の中へと戻る。
今度は、(夢と思っても)恐怖から部屋の明かりは消さず、そのまま寝ることに。
・・・消しておけばよかった・・・

心地よい眠りと共にやってくる休息に、精神も和らぎかけた頃。
ゆっくりと、しかし確実に寄ってくる。「波」がジワジワと俺の周りを囲むように。
俺の周りの空気だけ、一瞬にして凝縮したかと思うと、一気に迫ってきた。
再びウトウトしてきた俺は、またしても金縛りにあったのだ。
(また夢なのか?!)
叫びたいのに叫ぶことも出来ず、躰を捩らせることすら出来無い事に苛立ち、
時間を置かずにパニックになっていく。
すると、部屋の以上に突然気付いた。

まただ。
居る。

顔を横に向けることが出来ない。でも、「居る」のは分かる。
しかも。

今度は、ドアがほんの少しだけ開いている。

(マズイ!ヤバイよ!)
叫びたい。助けを呼びたい。必死になろうとすればするほど、躰が動かない。
精神は揺れているのに、客観的に見たら、全くの「静」。
俺は動かない。部屋の中でも動くモノはない。

ただ、ドアが開いているだけだ。
ほんの少し。

涙が流れているのを感じた。鼻水も垂れている。涎も流れているようだ。でも、声は出せない。
そして。
居るんだ。そこに。ドアの向こうに。明かりを付けたから、今度は分かる。
磨りガラスの向こうで、ゆっくりと何かが揺れている。
精神が膨張に増す膨張をし、破裂しそうになったとき。

目が覚めた。

涙と鼻水と涎でグシャグシャになった俺は、明かりの点いた部屋を見る。
ドアは開いていない。
磨りガラスにも何も写っていない。
(もういやだ!もういやだ!)
部屋を出て行こうとした時、自分の躰に起きた異常に、精神が凍り付く。

躰が動かない。

気付いたら、寝ていた。

部屋にいた。明かりの点いた部屋で、俺は寝ている。
ドアの外にいる。女が。
今度は、さっき開いていたドアが、更に少し開いている。

目が覚めた。
ドアは開いていない。
女もいない。

それが何度も繰り返され、夢なのか現実なのか区別も付かないまま、
とうとうドアは全開になった。
居る。
もう見える。
部屋の中に入らず、ジッと俺のことを見ているように立ち尽くしている女が。
くすんだオレンジ色のロングコート。
目深に立てた襟のせいで、顔が見えない。
何故か、女の全身はまるで豪雨の中を歩いてきたかのように、びしょ濡れだ。
廊下に水が滴っている。
その水滴は玄関から続いているようだった。
玄関の鍵はかかっている。
なのに、どうして玄関から水滴が続いているのか?

恐ろしい考えに辿り着く前に、目が覚めた。
女は居ない。
ドアも閉まっている。
でも、躰がまだ動かない。

気付いたら部屋だ。
また俺は寝ている。
女が居る。

大声を上げたかった。でも声は出せない。
恐ろしい事が起きていた。

女が、ほんの少し、部屋の中に入ってきていて、立ち尽くしていたのだ。
じっと動かない。
垂れている水滴も、部屋の中まで来ている。

覚悟した。
恐らく、夢と現実を繰り返しながら、女は近寄ってくるのだろう。
俺の側まで。
推測は当たり、徐々に女は近づいてきていた。
動くのは躰から垂れる水滴ばかり。
手足も一切動かないのに、夢と現実を行き来しながら、女は近づいてくる。
俺の精神は発狂寸前だった。
目が覚めればドアは閉じていて、誰も居ない。
気が付けば、ドアは開いて女が居る。
それの繰り返し。
しかし、無限の繰り返しではなさそうだ。
何故なら、近づいてきているからだ。俺の側に。

そしてとうとう、女は俺のベッドの側まで来ていた。
俺を見下ろしているのだろうが、顔がよく見えない。呼吸をしているのかすら分からない。

俺の精神はその時、何故か落ち着いていた。
極限に迫った状態がなせる、精神の自己防衛本能だと思う。
(好きなようにしろよ・・・)
変に覚悟を決めていた俺は、何が起きても怖くなかった。
「さぁ殺せ」くらいの勢いだったと思う。

女の顔は見えない。
しかし、俺を見つめている気がする。
滴る水滴。
静かな衝撃が俺を襲った。
今の状況が夢なのか現実なのか判断できない俺にとって、もうどうでもいい衝撃だった。

目が覚めた。

部屋の明かりは「消えて」いた。
Tシャツも「着て」いた。

・・・。
・・・・・・・。
全てが夢だったのか?
・・・。
・・・。
・・・・・・・!!
躰も動く!

急いで上半身を起こした。全身に疲れが襲ってきた。大量の汗が噴き出す。
状況を認識するまで、息を止めていた自分に気付き、咽せ返しながら酸素を貪った。
徐々に呼吸も落ち着いてくる。
部屋の照明を「また」点け、ドアを見る。
やっぱり開いていない。
「夢だよ。・・・夢」
現実をたっぷりと味わうように、わざと大きめの声で言った。
汗で濡れたTシャツを「再び」脱ぎ捨て、ベッドの下に放る。ベチャッという音と共に、床に張り付いた。
深呼吸をして、さぁ、寝るかと心を安らかにして。

・・・うふふ。

瞬時にして走る背筋の悪寒。
誰だ。

俺 の 頭 の 上 で く ぐ も っ た 笑 い 方 を す る の は 誰 だ ?

天井を見上げた俺は、恐らく一生涯忘れることの出来ない女の目と遭遇する。
あのロングコートの女は、居たのだ。まだ。

天 井 に 膝 を 抱 え た 体 勢 で 張 り 付 き 、

俺 を ず っ と 見 下 ろ し て い た の だ 。

凍り付いた。全てが。
終わった。全てが終わった。
そう思ったとき、確かに女の口は耳端まで裂けた。笑ったのだ。
そして、膝を抱えていた両手を拡げ、全身を大の字に開いて、俺の上に

落 ち て き た 。

早朝。目覚めの時。
冷えた空気が窓の隙間から流れ込み、そろそろ秋を迎えると感じさせる温度。
降ってきた女に精神が耐えきれず、気を失ったらしい。
しかし、何も起きていなかったようだ。
ドアは閉まっているし、照明も寝る前に消したままだ。
汗で濡れたTシャツだけは、寝ている間に脱いだのだろう、床に放ってある。

何が何だか分からない俺は、混乱しながらも今の時間を時計で確認し、
ゆっくりと起こした上半身を捻りながら、異常がないことを確認する。
たっぷりと二分は見回した後、安堵のため息をついた。
なんだったんだ、いったい・・・。
何もかもが分からないことだらけ。それでも、朝を迎えることが出来た。
・・・夢として割り切ったほうが良いんだろうと、本能は伝えていた。
そして、カラカラに乾いた喉を潤すため、ベッドの中から出ようと布団を掴んだときだった。

初めて、大声で叫んだ。
何故なら。

布 団 の 上 に 、 両 手 両 足 を 拡 げ た 形 の
人 型 の 「 くぼみ 」 が 出 来 て い た か ら だ っ た 。


完全な隔離

今から60年前のことである。ある地方都市に、不幸な女がいた。彼女の名をA子としよう。
彼女は動物園の飼育係である。その頃、動物たちは食料や薬の不足で次々に死んでいた。動物達
の最後を看取るのは、A子にとってとても辛く悲しいことだった。A子の夫は出征中であり、姑
との二人暮しだった。姑は、結婚してからも仕事を辞めようとしないA子のことを、余り良く思
ってはいなかった。
 その頃、戦局は日々悪化の一途を辿っていた。大都市は連日のように空襲に見舞われ、A子の
住む地方都市にも、空襲があるかもしれないと言われ始めていた。そのような中で、動物園には
軍からの過酷な命令が届いた。空襲時に逃亡の危険があるため、猛獣たちを抹殺せよ、と言うの
だった。小さな動物達は死に絶え、残っていたのは猛獣や大きな動物達だけだった。軍の命令に
逆らうことは出来ない。動物達の抹殺は、餌に毒を混入するという形で行われた。毒の入った餌
を持っていくのは、A子の役目だった。毒の入った餌を食べても、動物達はすぐに死ぬことは無
かった。暫くの間悶絶し、やがてぐったりと息絶えるのだった。残っていた動物達は全ていなく
なり、園は閉鎖された。A子は、動物達の悲惨な最期を写した悪夢に、苦しめられるようになっ
た。
 園が閉鎖されてから、A子の気分が晴れることは無かった。そんな彼女に、更に追い討ちをか
けることが起きた。彼女の夫が、戦死したと言う知らせが届いたのだった。彼女の元に、骨壷と
は名ばかりの粗末な箱が送られてきた。中に入っている骨の欠片が、果たして夫のものかどうか
も分からなかった。その頃から、A子の精神は変調を来たし始めた。

A子の奇行が目立ち始めたのは、夫の葬式が終わった頃からだった。何もいない空間に向かって
動物がいると言い、餌をやろうとする。帰ってくるはずの無い夫が帰ってくると言い張り、食事や
服の準備をする。しかし、これらはまだましな方であった。同居している姑を最も悩ませたのは、
A子が時として、動物達を殺害する指示を出した軍への悪罵を、怒鳴り散らすことであった。姑は
このことにおののいた。もし、軍への罵声を警察や憲兵に聞かれたら・・・。姑は近所の人たちの
手を借りて、A子を病院へ連れて行った。医者はすぐにA子を精神異常と認め、市内にある大きな
精神病院へ入院させた。
 入院してからも、A子の病状は良くならなかった。この頃の病院は、人手と物資の不足から、満
足な治療が出来る状態ではなかった。薄暗い病棟の中で、A子は相変わらず、いもしない動物がい
ると言ったり、餌をやろうとしたりしていた。ある日、憲兵が院長との面会のためにやってきた。
憲兵が院長室に向かって廊下を進んでいると、その姿を見たA子は突然騒ぎ出した。「こいつらだ、
こいつらが皆を殺したんだ」そう叫ぶと、A子は憲兵に飛び掛ろうとした。A子はすぐに、近くに
いた医師たちに取り押さえられた。側にいた院長は、青ざめた表情でA子の独房入りを命じた。A
子は医師たちに引き立てられていった。院長は恐る恐る憲兵の顔色を伺った。だが、意外にも憲兵
は気分を害した様子も無く、涼しい顔をしていた。院長はほっと胸を撫で下ろした。A子はしばら
くの間、独房へ閉じ込められた。

憲兵が来た日から、病院の様子が変わり始めた。患者が増え始めたのである。その多くは、県内や近県の小さな病院からの
転院者だった。症状の軽い患者の一人は、医師に何故最近患者が増え始めたのか質問した。医師は、空襲に備えて、各地の小
さな精神病院が、普通病院に改修され始めたためだと応えた。この頃、空襲は一段と激しさを増していた。家々には灯火管制
が敷かれ、夜の街は真っ暗だった。街のあちこちに、防空壕が掘られていた。病院の変化はそれだけではなかった。患者が増
える度に、医師たちは治療をする気を喪失していくようだった。
 少し経つと、病院は患者で満杯になった。ある夜、A子は空襲警報のけたたましいサイレンの音で目を覚ました。A子は、
ぼんやりとした表情で天井を眺めた。異常をきたしているA子にも、病室の中が妙に明るいことが分かった。灯火管制のため
の黒い布が、取り払われていた。A子は、鉄格子のはまった窓から外を眺めた。小高い丘に立っている病院の窓からは、街の
多くを眺めることが出来た。外は闇だった。灯火管制が行われていないのは、この病院だけだった。A子はふらりと廊下へ出
た。病院の中は異様な静けさだった。患者たちは皆、鎮静剤で眠らされていたのである。医師や看護婦たちは、誰一人として
残っていなかった。医師の部屋に放置されたラジオは、敵機の編隊がこの街に迫っていることを伝えていた。
 なぜ、この病院の患者が急に増えたのか。なぜ、医師たちは最早患者を治療する気をなくしてしまったのか。
そして、なぜ今この病院だけ灯火管制が行われていないのか。錯乱状態のA子に、そのようなことが分かるはず
は無かった。敵機の爆音は、もうすぐそこまで迫っていた。


反魂法

めちゃくちゃ仲の良いAちゃんとBちゃんという2人の女の子がいた。
2人とも幼くてよく人形遊びをしていた。そんな2人に別れの日が来た。
Aちゃんが家族と引っ越してしまう事になった。
別れの日に2人は泣きながら別れを惜しんだ。そして、いつも遊んでいた
それぞれの人形を交換し、また会う約束をして別れた。
でも、その引越し先に行く最中に交通事故で家族全員死んでしまった。
その話を聞いたBちゃんは凄く悲しんだ。
その事故が起きて1年くらい経った頃にBちゃんがたまたま読んだ本に
死人を生き返らせる方法が書いてあった。それは生き返らせたい人間の
名前を書いた御札を作った泥人形に入れてお呪いをかけると数日後に生き返る
(なんか、ぬ~べ~にあったゴーレムの作り方と似てたと思う)という者だった。
BちゃんはなんでもいいからAちゃんともう一度会いたくてその方法を実行した。
それから、数日してから、用事があって夜に親が家を留守になる事になった。家には
Bちゃんだけが残った。

そして、もう夜も遅くなった頃に玄関を叩く音が聞こえた。
夜も遅くて、Bちゃんも最初は恐がってたんだけど、玄関の向こう側から
「Bちゃ~ん、遊ぼうよう。」
って声が聞こえて来た。その声は明らかにAちゃんの声だった。
本当にAちゃんが生き返ったと思ったBちゃんは急いで玄関を開けようとした。
その時、「開けちゃだめ!」って声が後ろから聞こえて来た。それはAちゃんの
声だった。
その声にびっくりして後ろを振り向くと自分の部屋に置いているはずのAちゃん
から貰った人形があった。それを見た瞬間、
玄関の向こうにある物がAちゃんじゃ無いような気がしたBちゃんは急に恐くなった。
Bちゃんは人形を持って自分の部屋に逃げた。自分の部屋のすみっこでビビリながらも守ってもらうように人形を大事に持っていた。
その間、ずっと玄関を叩く音が聞こえてくる。その内に疲れてしまったBちゃんは眠って
しまった。
しばらくすると帰って来た母親に起こされた。母親が玄関がおかしいといい、
Bちゃんは恐がりながら母親と玄関にいった。そこは一面、泥だらけになっていた。
Bちゃんは恐くて泣き始めたんだけど、その泥の中に人形のような物を見つけた。
それはBちゃんがAちゃんにあげたはずの人形だった。
さらにその人形にはおかしい所が2つあった。
1つは前後にしか動かないはずの人形がまるで家を守るかのように背を向けて両手を開いていた事。
もう一つはその人形は金髪だったのに、Aちゃんと同じ黒色になっていた。


机の穴

私が小学生の時に経験した出来事です。

修学旅行の班を決める時、Tさんは一人あぶれてしまった。
先生 「は~いみんな注目!、どこかTさん入れてやって下さい~」
クラスのみんな 「え~~」
そう、すでに仲の良い人同士で班はできあがってしまい、Tさんの入る余地は無かったのだ。
教壇の前で一人黙ってうつむきながら立ち尽くすTさん。一番前の席だった私はTさんの方を
そ~と見てみた。ぽたぽたと大粒の涙を落としている。更に追い討ちをかけるように
先生 「は~い、決まらないと旅行行けなくなりま~す」
急速にクラスの雰囲気が悪くなってきた。
「Tのせいで帰れないし~」
「ほんと使えない奴~」
もうTさんは今にも倒れそうなくらい真っ青な顔だ。心なしか震えてもいるようだ。
そんな状況が30分ほど続いた。
先生 「今日はここまでにしましょう。みんなTさんの班を考えておくように」
先生が教室から出た後、みんなはTさんに詰め寄った。
「お前なんなんだよ」
「お前がもたもたしてるからみんな迷惑してんだよ!」
次々に罵声が飛ぶ。じっとさっきから直立不同の同じ姿勢でうつむいているTさん。
「もういいや帰ろ!」
みんなが帰り始めてもまだTさんは立ったままだ。私も帰ろうとした時、小さな小さな声が
聞こえてきた。
「殺してやる 殺してやる」

次の日、Tさんは学校を休んだ。その次の日も又その次の日も。
結局Tさんがいないまま、修学旅行当日になってしまった。
皆はしゃいでいてTさんの事など気にも留めていない。
みんながバスに乗りこんだ後、私は教室に忘れ物をした事に気がついた。
「先生、教室に戻って取ってきていいですか?」
「遅いと置いて行っちゃうよ、そしたらお前だけ走って来い」
定番のつまらない突っ込みにもみんなテンション高くて車内で笑い声が響き渡る。
みんな本当にTさんの事は忘れているようだ。
急いで戻り教室に入ろうとした時、教室内に人影があるのに気づいた。
「カーン、カーン」という変な音も聞こえる。
私は教室に入ることは出来なかった。

そこにはパジャマ姿で髪を振り乱したTさんが、一人一人の机にワラ人形を打ちつけていたからだ。

職員室に向かって全力で走った。違う学年の先生しか居なかったがかまわず、
「あっ、あっあの、教室でTさんがっ、」
うまく説明できない。
「どうした、ん、6年は修学旅行だろ」
「Tさんが。」
それしか言えない。私の様子がおかしいのを察してくれたある先生が来てくれる事になった。
先生と一緒に教室へ向かう私。だんだんとあの「カーン、カーン」という音が聞こえてくる。
先生 「何の音だ?」
私 「・ ・ ・」
教室に着いた。ガラッと戸を開け、
先生 「誰だ残ってるのは!早くバスに乗れ!」
異様な光景が広がった。
教室にある全ての机にワラ人形が打ちつけてある。先生の机にも。
ずらりと奇麗に並んだワラ人形は誰も居ないカーテンを閉めた薄暗い教室との相乗効果で
ただ恐怖としか表現できない。
Tさんは私の机の前に立っていた。パジャマ姿で髪を振り乱し右手にハンマーを持って。
脇には荷物が散乱している。
私の机の上には忘れものの荷物があったので最後にワラ人形を打ちつけたらしい。
先生 「何してるんだ!!」
Tさんはこちらを向き、にこっと微笑みかけた。そしてフッと消えた。
先生と私の見てる目の前で。
先生 私 「・ ・ ・」
「どうしたどうした、バスが待ってるんだぞ!」
その時、担任の先生がようやく来た。そして教室を見て固まってしまった・・・。

それから6年の先生が集まり、ワラ人形を回収していく作業をぼーと眺める私。
しばらくして先生達がひそひそ話を始め、私をちらりと見た。担任の先生が
私に歩み寄り、
「大丈夫。もういいからバスに乗って。この事は修学旅行が終わるまで黙ってて」
1時間遅れでバスは出発し、修学旅行自体はそれで何事も無く終わった。
私は並んだワラ人形とTさんの不気味な微笑みが頭から離れず、少しも旅行を楽しめなかった。

修学旅行が終わり登校すると、Tさんの机の上に花瓶が置いてあった。
「Tさん死んだんだって」
「マジで!」
「TVみたいに本当に花机に飾るんだ、怖え~」
Tさんは修学旅行当日の朝、自分の部屋で首を吊ったそうだ。
教室はどよめいていた。 が、私はじゃああの時のTさんは一体?などと考えていた。
先生が、
「はい、みんな席に着く!」
席に着いた。これから体育館で全校集会があるとか、誰かに何か聞かれても知らないと
答えなさいとか、そんな話を聞いていた。突然、誰かが
「なんか机に穴が空いてるんだけど」
と言い出した。直ぐに教室中に広まり、俺も、私もと大騒ぎになった。
私はなぜ穴が空いているのか知っていたので黙っていた。
先生 「旅行中に教室でちょっとした工事があってその時の穴です。使いづらい人は
    換えるので手を上げて」
何人かが手を上げたが、交換には何日かかかるらしい。
私はなにか現実ではなく夢を見ているような気分でいた。そう簡単に人が死んだり、
ワラ人形が出てきたりするわけが無い。

「・ ・ ・」
何かが聞こえたような気がした。
耳に全神経を集中して探す。誰かの声のようだ。
どこから?直ぐ近くだ。
ハッとした。私の視線は机の穴にくぎ付けとなった。
恐る恐る耳を穴に近づける。

「殺してやる 殺してやる」

と小さな小さな声が穴の中から聞こえてきた。


ぬいぐるみ2

旦那と幼い娘と三人で暮らしてます。
仕事の都合上旦那はいつも帰りが夜遅く、
私と娘は先に寝てしまうのが習慣でした。
部屋には娘が生まれる前に買っておいたたくさんのぬいぐるみがあったんですが、
なぜか娘はそれらを嫌っており、
何かと「こわい、こわい」と言って避けたがります。
ぬいぐるみの顔が怖いのかと聞くと首を横に振ります。
慣れさせようとしてもやはり怖がるだけで、結局捨ててしまいました。

いつものように娘と布団に入りうとうとしていると、
玄関の鍵が開けられる音がしました。
かちゃり。
旦那か。今日はいつもより早いな、と思いまたそのままうとうとしていました。
すると、不意に音がしたのです。
さっきの鍵の音ではありません。
ドクン。
私の心臓の音でした。
ドクン。ドクン。
突然鼓動が早くなってきたんです。
それだけではありません。
言い知れない恐怖も襲ってきました。
なぜだろう。
帰ってきたのは旦那のはずなのに。
家に入ってきたのは、旦那であるはずなのに。
なんで怖いんだろう。
そういえば旦那は足音がどっしりしていました。
すると、今聞こえる軽い足音は……。
嫌。
来ないで。

ドクン。ドクン。ドクン。

だんだん鼓動が早まっていきます。

ドクン。ドクドクドク。

胸が痛い。痛いほど鼓動が強い。

ドクドクドクドク!

かちゃり。
『誰か』が部屋に入ってきた。
そう思いました。
…………。

絶対に見たくない。

身体は動くので、目を開けて見ようと思えば見ることができたと思うんですが、
ただただ怖いものを見たくない、
そんな情けないほど子供じみた感情で、
しかし本能に忠実な感情で、
目を頑なに閉じたまま恐怖にじっと耐えていました。
ドクドクドクドクドクドク………。

しばらく経ちましたが、
何も音はしません。

動悸もおさまってきて、
いつの間にか普段の調子に戻っていました。

部屋のドアは開いてませんし、
思い出してみると、旦那が朝に、今日は帰れないと言っていた記憶があります。
ああ、夢でも見たのかなと思いました。
うなされて娘を起こしはしなかったかと考えて、
私は娘の方を見ました。
娘は目を開けていました。
ある方向をじっと見つめているようでした。
私の後ろです。
何か気になるものでもあるのかと振り返ると、

捨てたはずのぬいぐるみ達が、
部屋の真ん中でこちらを見ていたのです。


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