黒い服の少女

あれは、北国に暮らした頃の事…。北国の夏は、夜明けが早い。午前4時には、夜が明けている。

ある朝、5時頃に目が覚めた。トイレに行き、あと1時間寝ようかな…なんて考えつつ、なんとはなしに、窓から下を見た。眼下には、公園の白樺の木立ちが見える。

あたりは、既に明るい。ウォーキングの人が、行ったり来たりしている。この公園は、縦長の形をしているので、ウオーキング向きの場所だ。又、一人通った…。

あれ………?

強い違和感を覚えた。良く見ると、ウォーキングの男性に、若い女性がしがみついている。

真っ直ぐな、肩までの黒髪。黒いワンピース。そのスカート部分から下の…足が、見当たらない。少女は、フワリと浮かんでいる。そして、男性の首に横から手を回し、寄り添って、スウーッと移動している。しかし、彼は気付かない風で、軽やかに歩いていく…。

…その子に、重さは無いの?足は?

そして、彼は通り過ぎ、見えなくなった。二度寝を考えていた私は、すっかりと目が覚めてしまった。

心霊スポットの噂はあまりないが、この公園は、色々あった公園だ。

以前、少年達の集団リンチ事件があった。少年が、一人死んでいる。

公園の横に川が流れている。公園あたりの川べりに…上流からの、自殺や、事故の遺体が、流れついた事が、幾度かあったという…。

心霊スポットの噂が少ないのが、むしろ不思議な公園だ。それゆえに、近所の者は、夕方5時を過ぎたら、ここには近寄りたくないと言う。

夕方5時はわかる。夜に公園内を通ったら、急な頭痛に襲われた事があったから…。

しかし、本当は、朝の5時もヤバいのかもしれない。

その後も、2度ほど早朝の窓の下に「見えた」から…。

夫婦でウオーキング。睦まじくて、良い光景だと思った。しかし、白樺の木の陰を通り過ぎたら…妻が消えていた…。あれ?妻は?

小さな子供を連れた人が、散歩をしている。可愛いと思って眺めれば…やはり、木の陰を通り過ぎた時に、一瞬にして子供が消えた。確かに、幼子の親にしては、あまりにも子供を無視して歩いていた。

あの白樺の木立ちを通ると、何かがついて来るのだろうか…。霊感の無い私にも、見えてしまうほどの「何か」が…。その中でも、あの少女は、ひときわ異様で印象深い。

今でも、少女を思い出す事がある。彼女が誰か、何があって公園に現れたかは、永遠の謎だろう。黒いワンピース姿の、足と重さの無い少女…。

健康の為の、朝のウオーキングも、結構危険かもしれない。少女にしがみつかれた男性は、元気だろうか…?

皆さんも、朝の公園のウオーキングには、気をつけて下さい。いわくつきの公園なら尚更に……。

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孫入りの玉

東北某県の山奥にある実家にまだ住んでいた頃の話なんだけど。

その地域では俺の一族が大地主だったらしく、祖父に対して近所の連中がぺこぺこしてるというなんとも嫌な感じで、正直俺は余り実家のことが好きじゃなかった。
んでそんな俺の実家には蔵がある。家宝が云々とか言われているけどなんのことはなく、ようは他方からの貢物を収めている。

そんな中でひときわ大切にされている玉があった。用途は一切不明、黒ずんだ金属(何の金属かはわからん)製らしき玉で、模様装飾その他は一切なし。
振るとカラカラ言った(子供の頃振って祖父に血を吐くほど殴られた)。

なんなのかよくわからなかったけど、ただ「最も大事な物、絶対に触るな」とだけ言われてきた。
絶対に触るなって言っても別に呪いがどうこうではなく、祖父曰く「孫が入っておる。いつ生まれるかわからんから刺激はするな」とのこと。

どうやらその家の主に代々伝わる話があるらしく、それに関係しているらしい。
俺の父親は知っていたが俺はまだ知らなかったので、気味が悪いとは思っていたが別にどうすることもなかった。

後で父親に聞いた話だと「孫」っていうのはその地域の土着神みたいなもの。
普通土着神っていうのはその地域に住んでいるものだけど、「孫」は特別で、村が出来て人が住んでから他方の神様を持ってきたんだと。

その連れてきた人間っていうのが家の家系の1代目ってわけだ。
何故「孫」っていうのか、何故変な玉に入っているのか、生まれるってどういう事かとか、そういうことはわからんとのこと。

そして去年の夏に心臓発作で祖父が死んだ。
俺と父親は家を出てきていたので当然家を継ぐことはなく、つまりはこれで家主はいなくなるわけだ。で祖父の葬式のために実家に帰った。

俺はふとあの玉が気になって(言っちゃうと家を出てからずっと気になってた)蔵に行ってみた。
そしたらあの玉が割れていた。綺麗に真っ二つ。しかも割れてはじめてわかったんだがその玉はどうやら木製。裏側に木目があって表面はなんかの塗料だったらしい。

当然そんな重いもんでもなく持ってみると軽い。しかし子供の頃こっそり持ったあれは確かに金属の重さだった。
つまり「孫」には結構な重さがあったってこと。なんだかぞっとして俺はその蔵から逃げ出した。

葬式を終えて今の家に帰ってから半年ほどして、あの村で人死にが大量に出たと聞いた。
あっちでは呪いやら祟りやら言っていたが、俺はなんとなくそれは違うような気がする。だって家主が死んですぐ「孫」が生まれるなんておかしいから。

俺は「ああ、祖父で足りたんだなあ」と思った。
一体あの玉から何が生まれてしまったのかは知らない。でもまあ、もう俺はあそこには帰らないから知る必要もないかと思っている。

<追記>

俺は「孫」は神様なんかじゃなく、人の命を吸って成長する化け物だと思っています。根拠はないですが。
それで祖父の命を吸ったことによって生まれることが出来るくらい成長したんだなあと。

おそらく生まれた「孫」はまだあの近辺に住み着いていると思います。
まだ人死には出ているらしいので。

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闇の少女

友人の話をしようと思う。

大学で知り合った彼女は、小柄でふわふわとしたイメージの可愛らしい女の子だ。
当然男連中が放っておくわけもなく、よく仲立ちを頼まれたりもする。勿論、面倒臭いのでそれに応じたことはない。

彼女(仮にFとする)は複雑な家庭環境のなか育ったらしい。詳細を興味本位で尋ねるほどには無遠慮でなかったし、正直なところ他人にそれほど興味など抱かない質である。
それでも、ごく稀に酒の席で緩んだFの口端に上る仕打ちは、虐待以外の何物でもないことが伺い知れた。

閉じ込めるのだそうだ。
何日も何日も。暗がりの、埃臭い、「専用」の場所に。

そこはホームセンターなどで気軽に買うことの出来るプレハブ物置で、庭に設置されていた。中には不要になった家具家電のたぐいが並べられており、普段は仰々しいほどの鎖にぐるぐると縛られ、大きく頑丈な南京錠か3つ、かけられていたと言う。
窓や隙間は悉く目張りされ、昼も夜も解らぬ完全な闇がそこにはあった。

両親は厳しい人たちで、しかも狂気を内包したサディスティックな2人だった。
何か粗相をしたり、そうでなくとも彼らの機嫌ひとつで、Fはそこに閉じ込められた。

初めは数時間という、折檻の域を出ない戯れ程度のものだったそうだ。それが事を重ねるごとに、長くなっていった。

高校生になった頃には、監禁が数日を超えることも日常化していたと聞く。
食事も用を足すことも適わない闇の中で、彼女は自尊心や反抗心を削りとられて行った。

これには、滅多なことでは心の動かない自分も息を飲んだ。

大学に入ってからは家を出たので、閉じ込められることはない。しかし今でも彼女は闇を恐れ、眠る時も灯りを決して消さないのだと言う。

「あの頃、闇に耐えきれずに私は泣き叫んだの。喉がかれても、涙がかれても。そして懇願したわ、自分が最も軽蔑し、憎んでいたその相手に。何でもします、ここから出してください、何でもしますからって」

酔っているはずのその声は、しかし冴え冴えとしていた。

「昼間は、まだいいの。でも夜になって周りが静かになるとね。知ってる?あまりにも闇に慣れると、身体の感覚までなくなってくるの。少しずつ暗いところに溶けてしまって、私がいなくなる感じ……」

自分が言葉をなくしていると、Fは途端に陽気な酔っ払いの抑揚を取り戻し、「小説のネタにどうー?」と笑い飛ばした。

そして今、彼女はいない。
とある場所に収監されている。

彼氏と過ごしたある夜、彼女は発狂した。Fが眠った後、事情を知らぬ彼氏が電気を消してしまったのだ。
夜中に目を覚ました彼女は獣のような叫びの後で、光を求めて窓から飛び降りた。Fのマンションは3階だった。

誰からも愛される容姿を持ち、誰をも貶めない優しい子だったのに。幸せになれる条件を、ちゃんと満たした子だったのに。

自分は今でも、ふとした折に彼女を思い出す。

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狙うノイズ

音関係の仕事をしている。

故に雑音、物音にはひどく敏感だ。マイクを通していなくとも、常人よりは聞こえている。
元々聴覚がえらく鋭いので、この職に就いたきらいもある。

雑踏などで耳を澄ましていると、たまに聞こえない音や声に遭遇する。
それはか細い叫びだったり、剣呑な警告だったり、いろいろ。もしかすると霊の発するものなのかも知れない。

昔、ある映像制作に携わり、撮影時の録音を担当したことがある。
場所は大阪の繁華街、ノイズが多く私の機嫌は珍しく悪かった。

その時も囁くような声が、ミキサーからヘッドホンに終始伝わっていた。
おそらく媒体には記録されていないだろうが、耳障りなつぶやきに私は苛立つ。

『もうすぐもうすぐ』

子供の声だ。男女の判別はつかない。

『たくさんたくさん』

愉しげな抑揚は神経を逆撫でした。カメラが回っていたわけではないので、あまりの不快感に電源をオフにした。

ぶちっ、という独特の切断音がした直後、目の前の人並みに車が突っ込んだ。
何人もの通行人が吹き飛ばされ、車は店にぶつかる形で停止。周りはパニック、撮影は当然中止になった。

私はげんなりした。さっきの『もうすぐ』と『たくさん』はこのことだったらしい。
もうすぐ、たくさん、人が死ぬ。そういうことかよ。

帰宅して観たニュースによれば、老夫婦と連れられた孫、若い呼び込みの居酒屋店員が死に、10人ほど怪我をしたようだ。
しかし……その場を立ち去る瞬間、風のごとく耳をかすめていった声に、私は柄にもなく立ちすくんでしまった。

子供の声はもはや、エフェクトをかけたように歪んだ男の声に変わっていた。

『残念、残念、あと少し……』

低級霊が。
悪態をつこうにも、ぞくっとするほど不気味な声に完全に凍りついてしまい、私は唇を噛むことしか出来なかった。

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言われのない生霊

うちの祖母は大変熱心な仏教徒で、多額のお布施やお墓の管理費なども厭わず、平休日お構いなしで四国へお遍路の旅に出てしまうほど。

今日はそんな祖母にまつわるお話をしたいと思います。

祖母は娘(私にとっては叔母)を早くに失くしているせいか、死後の世界や霊的なモノにとても関心が深く、小さい頃から見事なまでに良くないモノを憑けてきては体調を崩していた私を何故か自慢に思っている節があります。

私を宗教仲間の前に引っ張り出して「この子には特別なチカラがある!」と吹聴したり「ここには何か感じるか」とあちらこちらに連れ回すなど、何かと困った所のある人なのでした。

私には確かに、人外のモノが見えたり聞こえたり感じたりすることがあります。
けれど自分では単に「合う波長の幅が人よりも少し広い」だけだと思っているので、チカラをコントロールすることなんて出来ないし、徐霊浄霊はおろか満足に意思を汲み取ることさえ出来ません。

それを祖母が過大評価して触れ回るものですから、私はいつしか祖母の信者仲間から色眼鏡で見られるようになっていました。
会ったこともない人の口にさえ、私の話題が上るくらいに。

その仲間内にTさんという人がいます。
祖母と同年代で姉弟子のような存在らしく、いつも威張ったような調子で会話する印象の強い人でした。

彼女曰く自分は御仏の声が聞こえるのだ、だから私の言うとおりしていれば極楽に行ける…と。
うさん臭いなぁとは感じながら、祖母の手前口には出せないし。

うちの母も祖母の影響を受けてかなり信心深いタイプなので、よくTさん主催のお遍路に連れられていたのですが、まだ出会わない時期から私はTさんに目をつけられていたそうです。

「この子は将来大犯罪を犯す」
「地獄に落ちる」
「仏を冒涜しているから、この子のせいで一族は栄えない」

などなど…さすがに祖母もそれを鵜呑みにしたりはしませんでしたが、私から目を離すなと母に言い含めていたようです。

それからです。
Tさんの話題が家族間で出るたび、左肩が重くなり体調が崩れるようになったのは…。

まるで憑かれた時のように、細々とした病気にかかり体力が衰える。
もしかしたら生霊では? とも思います。

何より恐ろしかったのは、友人宅(お寺)に招かれた時。
さすがにお寺だけあって、いつもはざわめくような、たくさんの人がいるような気配がするのに、私が入ったとたん波が引くように静かになったこと。

住職をされている友人のお父さんに、

「生きている人の念の方が何倍も強いからね。しかも、容易くは払えない。でも君は憑かれてもギリギリで踏みとどまって守ってくれる守護霊がついているから、大丈夫。相当てこずっているみたいだけど」

と…。もう、腹立たしくて一度は早くTさんがいなくなって欲しい、なんて思っていたくらいです。

季節の変わり目、と思いなんとか自分を誤魔化していますが、最近ひどくなった咳をするたびに左肩が気になります。
振り返りませんけどね、何かいたら怖いんで…。

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