Archive for 12月, 2010

マネキン

私には霊感がありません。
ですから、幽霊の姿を見たことはないし、声を聞いたこともありません。
それでも、ものすごく怖い思いをたった一度だけ、中学生の時に体験しました。
その話を聞いていただきたいと思います。

14歳のころ、父を亡くした私は、母の実家に引っ越すことになりました。
母方の祖父はとうに亡くなっていたので、祖母、母、私と、女3人だけの暮らしとなります。
私は、親が死んだショックから立ち直れないまま、新しい環境に早急に馴染まなくてはいけませんでした。
不安はあったのですが、私の身の上に同情してか、転校先の級友も優しく接してくれました。
特にS子という女の子は、転校してきたばかりの私に大変親切にしてくれ、教科書を見せてくれたり、話相手になってくれたりしました。
彼女と親友になった私は、自然に周囲に心を開いてゆき、2ヶ月もたつころには、みんなでふざけあったり、楽しく笑いあったりもできるようになりました。

さてそのクラスには、F美という、可愛らしい女の子がいました。
私は彼女に何となく心惹かれていました。
もちろん変な意味ではなく、女の子が見ても可愛いなと思えるような、小柄できゃしゃな感じの子だったので、同性として好意を持っていたのです。
(私はちょっと地黒で背も高いので、今考えると、多少の羨望もおそらくあったのだと思います)
好かれようとしていると効果はあるもので、席替えで同じ班になったことからだんだん話すようになり、彼女が母子家庭であることがわかって、余計に親しくするようになりました。
もっともF美の場合は、死に別れたのではなくて、父親が別の女性と逃げたとか、そういうことだったように聞きました。
彼女も女だけで生活しているということを知ったとき、この子と友達になってよかったな、と心底思いました。
ただそれも、彼女の家に遊びにいくまでの短い間でしたが・・・。

その日、私が何故F美の家を訪ねることになったのか、私は覚えていません。
ずいぶん昔の話だからというのもありますが、それよりも、彼女の家で見たものがあまりに強い印象を残したので、そういった些細なことがあやふやになっているのでしょう。
その時S子もいました。
それまでも、S子はF美のことをあまり好いておらず、私が彼女と仲良くすることを好ましくは思っていないようでした。
それなのに何で彼女がついて来たのか、私には思い出せません。しかしとにかく、学校の帰り、家が全然別の方向なのにもかかわらず、私とS子は何かの用事でF美の家に寄ったのでした。

彼女の家は、正直古さの目立つ平屋で、木造の壁板は反り返り、庭はほとんどなく、隣家との間が50センチもないような狭苦しい場所にありました。
私はちょっと驚きましたが、おばあちゃんの家も年季は入っていますし、家計が苦しいのはしょうがないだろう、と思って自分を恥ずかしく思いました。
「おかあさん」
F美が呼ぶと、少ししわは目立つものの、奥からにこやかな顔をしたきれいなおばさんが出てきて、私とS子に、こちらが恐縮するほどの、深々としたおじぎをしました。
洗濯物をとりこんでいたらしく、手にタオルや下着を下げていました。

「お飲み物もっていってあげる」

随分と楽しそうに言うのは、家に遊びに来る娘の友達が少ないからかもしれない、と私は思いました。
実際、F美も「家にはあんまり人は呼ばない」と言ってましたから。
もしF美の部屋があんまり女の子らしくなくても驚くまい、と私は自分に命じました。
そんなことで優越感を持ってしまうのは嫌だったからです。
しかし、彼女の部屋の戸が開いたとき、目にとびこんできたのは、予想もつかないものでした。

F美がきれいだということはお話ししましたが、そのぶんやはりお洒落には気を使っているということです。
明るい色のカーテンが下がり、机の上にぬいぐるみが座っているなど、予想以上に女の子らしい部屋でした。
たった一点を除いては。
部屋の隅に立っていて、こっちを見ていたもの。

マネキン。

それは間違いなく男のマネキンでした。
その姿は今でも忘れられません。
両手を曲げて縮め、Wのかたちにして、こちらをまっすぐ見つめているようでした。
マネキンの例にもれず、顔はとても整っているのですが、そのぶんだけその視線がよけい生気のない、うつろなものに見えました。

マネキンは真っ赤なトレーナーを着、帽子を被っていました。
不謹慎ですが、さっきみたおばさんが身につけていたものよりよほど上等なもののように思えました。
「これ・・・」
S子と私は唖然としてF美を見ましたが、彼女は別段意外なふうでもなく、マネキンに近寄ると、帽子の角度をちょっと触って調節しました。
その手つきを見ていて私は、

鳥肌が立ちました。

「かっこいいでしょう」
F美が言いましたが、何だか抑揚のない口調でした。
その大して嬉しそうでもない言い方がよけいにぞっと感じました。

「ようこそいらっしゃい」
といいながら、トレーにケーキと紅茶を乗せたおばさんが入ってきて、空気が救われた感じになりました。
私と同じく場をもてあましていたのでしょう、S子が手を伸ばし、お皿を座卓の上に並べました。
私も手伝おうとしたのですが、お皿が全部で4つありました。あれ、おばさんも食べるのかな、と思い、ふと手が止まりました。
その時、おばさんがケーキと紅茶のお皿を取ると、にこにこと笑ったままF美の机の上におきました。

それはマネキンのすぐそばでした。

とんでもないところに来た、と私は思いました。
服の中を、自分ではっきりそれとわかる、冷たい汗が流れ続け、止まりませんでした。
F美はじっと、マネキンのそばに置かれた紅茶の方を凝視していました。
こちらからは彼女の髪の毛しか見えません。
しかし、突然前を向いて、何事もなかったかのようにフォークでケーキをつつき、お砂糖つぼを私たちに回してきました。

私はよほどマネキンについて聞こうと思いました。
彼女たちはあれを人間扱いしているようです。
しかもケーキを出したり、服を着せたりと上等な扱いようです。ですが、F美もおばさんも、マネキンに話しかけたりはしていません。
彼女たちはあれを何だと思っているのだろう?と考えました。
マネキンの扱いでは断じてありません。
しかし、完全に人だと思って、思い込んでいるのだとしたら、「彼」とか「あの人」とか呼んで、私たちに説明するとかしそうなものです。
でもそうはしない。
その、どっちともとれない中途半端な感じが、ひどく私を不快にさせました。
私がマネキンのことについて尋ねたら、F美は何と答えるだろう。
どういう返事が返ってきても、私は叫びだしてしまいそうな予感がしました。

どう考えても普通じゃない。

何か話題を探しました。
部屋の隅に鳥かごがありました。
マネキンのこと以外なら何でもいい。
普通の、学校で見るようなF美を見さえすれば、安心できるような気がしました。

「トリ、飼ってるの?」
「いなくなっちゃった」
「そう・・・かわいそうね」
「いらなくなったから」

まるで無機質な言い方でした。
飼っていた鳥に対する愛着などみじんも感じられない。

もう出たい、と思いました。
帰りたい、帰りたい。
ここはやばい。
長くいたらおかしくなってしまう。

その時「トイレどこかな?」とS子が立ち上がりました。
「廊下の向こう、外でてすぐ」とF美が答えると、S子はそそくさと出ていってしまいました。
そのとき正直、私は彼女を呪いました。
私はずっと下を向いたままでした。
もう、たとえ何を話しても、F美と意思の疎通は無理だろう、ということを確信していました。
ぱたぱたと足音がするまで、とても長い時間がすぎたように思いましたが、実際にはほんの数分だったでしょう。
S子が顔を出して「ごめん、帰ろう」と私に言いました。
S子の顔は青ざめていました。
F美の方には絶対に目を向けようとしないのでした。
「そう、おかえりなさい」とF美は言いました。
そのずれた言い方に卒倒しそうでした。

S子が私の手をぐいぐい引っ張って外に連れ出そうとします。
私はそれでもまだ、形だけでもおばさんにおいとまを言っておくべきだと思っていました。
顔を合わせる勇気はありませんでしたが、奥に声をかけようとしたのです。
F美の部屋の向こうにあるふすまが、20センチほど開いていました。
「すいません失礼します」
よく声が出たものです。
その時、隙間から手が伸びてきて、ピシャッ!といきおいよくふすまが閉じられました。
私たちは逃げるようにF美の家を出ていきました。

帰り道、私たちは夢中で自転車をこぎ続けました。
S子が終始私の前を走り、1メートルでも遠くへいきたい、とでもいうかのように、何も喋らないまま、自分たちのいつもの帰り道まで戻っていきました。
やっと安心できると思える場所につくと、私たちは飲み物を買って、一心不乱にのどの渇きをいやしました。
「もう付き合うのはやめろ」とS子が言いました。
それは言われるまでもないことでした。
「あの家、やばい。F美もやばい。でもおばさんがおかしい。あれは完全に・・・」
「おばさん?」
トイレに行った時のことをS子は話しました。

S子がF美の部屋を出たとき、隣のふすまは開いていました。
彼女は何気なしに通りすぎようとして、その部屋の中を見てしまったそうです。

マネキンの腕。
腕が、畳の上に4本も5本もごろごろ転がっていたそうです。
そして、

傍らで座布団に座ったおばさんが、その腕の一本を、狂ったように嘗めていたのです。

S子は震えながら用を足し、帰りにおそるおそるふすまの前を通りました。
ちらと目をやると、こちらをじっと凝視しているおばさんと目が合ってしまいました。
つい先刻の笑顔はそのかけらもなくて、目が完全にすわっています。
マネキンの腕があったところには、たたんだ洗濯物が積まれてありました。
その中に、男もののパンツが混じっていました。
「マ、マネキンは・・・?」
S子はついそう言って、しまったと思ったのですが、おばさんは何も言わないまま、S子にむかって、またにっこりと笑顔を見せたのでした。
彼女が慌てて私を連れ出したのはその直後のことでした。

あまりにも不気味だったので、私たちはF美が喋って来ない限り、彼女とは話をしなくなりました。
そして、だんだん疎遠になっていきました。
この話をみんなに広めようか、と考えたのですが、とうてい信じてくれるとは思えません。
F美と親しい子にこの話をしても、傍目からは、私たちが彼女を孤立させようとしているとしか思われないに決まっています。
特にS子がF美とあんまり仲がよくなかったことはみんな知っていますから・・・。

F美の家にいったという子にこっそり話を聞いてみました。
でも一様におかしなものは見ていない、と言います。
だから余計に、私たちに状況は不利だったのです。
ただ一人だけ、これは男の子ですが、そういえば妙な体験をした、という子がいました。

F美の家に言ってベルを押したが、誰も出てこない。
あらかじめ連絡してあるはずなのに・・・と困ったが、とにかく待つことにした。
もしかして奥にいて聞こえないのか、と思って戸に手をかけたら、ガラガラと開く。
そこで彼は中を覗き込んだ。

ふすまが開いていて(S子が見た部屋がどうかはわかりません)、部屋の様子が見えた。
浴衣を着た男の背中が見えた。
向こうに向いてあぐらをかいている。
音声は聞こえないが、テレビでもついているのだろう、背中にブラウン管かららしい、青い光がさして、ときおり点滅している。だが何度呼びかけても、男は振り返りもしないどころか、身動き一つしない・・・。
気味が悪くなったので、そのまま家に帰った。

F美の家に男はいないはずです。
たとえ親戚や、おばさんの知り合いであったところで、テレビに背中をむけてじっと何をしていたのでしょう?
それとも、男のパンツは彼のだったのでしょうか。

もしかしてそれはマネキンではないか、と私は思いました。
しかし、あぐらをかいているマネキンなどいったいあるものでしょうか。
もしあったとすれば、F美の部屋にあったのとは別のものだということになります。

あの家にはもっと他に何体もマネキンがある・・・?
私はこれ以上考えるのはやめにしました。

あれから14年がたったので、今では少し冷静に振り返ることができます。
私は時折、地元とはまったく関係ない所でこの話をします。
いったいあれが何だったのかは正直今でもわかりません。
もしF美たちがあれを内緒にしておきたかったとして、仲の良かった私だけならまだしも、なぜS子にも見せたのか、どう考えても納得のいく答が出ないように思うのです。

そういえば、腕をWの形にしているマネキンも見たことがありません。
それでは服は着せられないではないですか。
しかしあの赤い服は、マネキンの身体にピッタリと合っていました。
まるで自分で着たとでもいうふうに・・・

これが私の体験のすべてです。

慣れてなくて、切れ目が多くなってしまいました。ごめんなさい。
あのマネキンの家がどうなったかはわたしも知りません。
母親が再婚して別の家に移ってしまったので・・・

心霊話じゃなくて、あんまり恐くないかもしれませんけど、あの時ほど恐くなったことはありませんでした。


火事のあと

何年か前の、ファミレスでバイトしてた時の話。
24Hの店で、私は当時22:00~5:00のシフトで入ってたんだけど、まぁ結構田舎に立ってたから平日とかはそんなに混まないわけよ。休日はともかくね。
で、その平日での話なんだけど、私、ちょっと用事があったから昼のうちにマネージャーに頼んで入りを0:00にして貰ってたん。
その用事が思ったより早く済んで、家で余裕ぶっこいてたら、23:00ちょい前くらいにシフトリーダーの人から電話があって「今すぐ来てくれ」と。
急いで用意して着いたのが23:30回ったあたりだったんだけどビックリ。待ちの客こそ居なかったもののカウンター以外ほぼ満席。
その日は祝日でも何でもない火曜だか水曜だったからリーダーに何があったのか聞いたのね。そしたら

「近くで火事があったんだよ。その帰りの野次馬が多い」

だそうで。あーなるほど、納得。

すごい忙しかったけど、所詮火事のついでに集まった客だもん。長居されることなく順調に掃いていった結果、1:00回る頃には殆ど残らなかった。
あとは通常どおりの営業ってことでシフトリーダーと厨房で残業してたバイト君が帰って、残ったのは私と、もう一人の厨房バイト君。
大量の食器を下げたあとは暇だったんで、私はウェイトレスステーションにひっこんで厨房バイトの男の子と話をしたんだ。
男の子も火事の話は知ってて、どんなんだったんだろうねーって言ってきたから
私は客席から聞こえてきてた噂話とシフトリーダーからちょびっと聞いた話をそのまま伝えました。
その内容が

・出火は近所のゴミ屋敷(テレビで紹介されてるものほど酷くは無いけど、近辺では有名だった)
・大量にあったゴミのおかげで火の回りが早く全焼
・隣接していた木造一軒家を巻き込んだ
・最低でも二人?救急車で運び出されたらしい
・鎮火するまで何時間もかかったらしい

まぁこの程度しか分からなかったんだけど、二人して怖いねーゴミはヤバイねって話をしてたんだ。

そうこうしてるうちに最後のグループが退店して、店内には私と男の子の二人だけになった。
確か2:00過ぎくらい?男の子は食事を取るためにバックヤードへ。
それからは客が来る気配も無く、私はウェイトレスステーションでシルバーを磨いたり、デザート用のフルーツ刻んだり、アイスつまみ食いしたりしてたんだけど
突然店の中に匂いがしてきたの。なんか、肉を焼いた系のあの匂い。
こんな匂いがしてくるなんて厨房からとしか考えられないんだけど、別に何か焼いてる気配も無いし
そもそも厨房担当の人が居ないから調理の匂いがしてくる筈も無い。
厨房を見渡したけど、火をつけっぱなしの気配も無い、オーブンも止まってる。
しかも何かフロアーの方からしてくる気がする……そう思った瞬間、
店のドアが開いた時に鳴るベルが、次いで客がレジの前に来ると反応するセンサーが鳴った。

びっくりしたよ。それが鳴った瞬間匂いが強くなった。
最初は肉を焼いてる匂いに似てると思ってたけど、そんなんじゃ無かった。
嗅いだことの無いような強烈な匂いで吐き気までしてきた。
実際客が来たらフロアーに出なきゃいけないんだけど、本能的にヤバイと思ったっつーか、恐怖心が脳内占めたみたいになって。
足ガタガタさせながらステーションの隅にへたりこんでしまったんです。匂いは消えない、なんかヤバイ系の気配はする、吐き気がすごいで超パニック。
普通の客だったら店員が出てこなかったら店員呼ぶじゃないですか。それも無くて、とにかく怖い怖い。

時間感覚も無くなって、ずーっと怯えまくってた。そうこうしてるうちに不意に空気が変わった。
ぺたん、ぺたん、って音がし出した。裸足の人が歩いてるような音がしだしたから。
もう私ガクブルですよ。その時になって初めてバックに居る男の子を呼ぶことを思い付いたんだけど、声も出ないし体も動かない。
金縛りにあったみたいに硬直しちゃって、何もできずにステーションの入口を見てた。

ぺたん、ぺたん、ぺたん。
音が立ち止まった時には私、発狂寸前。だってすりガラスに俯き加減の人影が映ってる。
涙がボロボロあふれてきて「ごめんなさい、ごめんなさい、帰って…!」ってとにかく祈ったけど、無駄だったみたい。
人影はゆっくり動いた。頭を下げて、お辞儀するみたいに。

そこで私、絶叫。
真っ赤に爛れた左手と顔の上半分が入口からこっちを覗いた。

すると奥からバンッて音がして「何!?」ってバイトの男の子の声が。
そこでやっと動けるようになって、必死で目を瞑って頭を抱えながらとにかくキャーッ、キャーッて叫んだ。
端から見たら本当に発狂してる人みたいだよね。

男の子が駆け付けて抱き締めてくれた。
「落ち着いて!どうしたん!落ち着け!」とか叫んでた気がする。

暫くしてやっと落ち着いてきた私(この間に本当の客が来なくて良かったw)は、超泣きながらことの顛末を説明。
男の子は黙って話を聞いて
「怖かったな、でも大丈夫、俺も休憩からすぐ戻ってこっち居るから」
って言ってくれた。その頃には匂いも消えてた。

その後は何組か客来たけど、案内もオーダーも全部男の子がやってくれた。
テーブルを片付ける時は二人で行って、特に仕事が無い時はステーションでずっと慰めてもらった。

その後はとにかく怖いので三日間程休みを貰って、その後一ヵ月でファミレスを辞めました。
ちなみにその日あった火事では死人は出ていなかったみたいだから(運ばれた人は重傷だけど意識はバッチリだったらしい)
覗いて来た人物と関連性は無いかもしれないけど。
まぁ一応ってことで、書いておきました。


コロセ

『コロセ』

何の気なしに見た教室の壁に書いてあった落書き。見落としてしまいそうなくらい小さな文字で。少し嫌な気分になったので、指でこすって消してみた。

『コロセ』

駅の個室トイレの壁に。油性マジックで、またも見落としそうなくらい小さな文字で。昨日の事があったから、こんな小さくてもつい見つけてしまうのかもしれない。指でこすっても消えないので、放って置いた。

『コロセ』

また見つけた。道端の電話ボックス。赤いペンで小さく。人の不幸を願う奴は、案外多いらしい。でも、殺せって、誰を?

『コロセ』

まただ。コンビニの床。小さな小さな文字で。こんな所に、誰がいつ書いたんだろう。

『コロセ』

俺のノートの隅っこに。俺、こんなこと書いたっけ?

『コロセ』

俺の机。

『コロセ』

もらったレシートの裏。

『コロセ コロセ』

差出人不明の手紙。

『コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ
コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ』

…俺の日記帳。

震える手でもう一つページをめくると、小さな小さな文字が書いてあった。

『コロス』

瞬間、背後に気配を感じた。


色街

この話は何年か前に他の板で書いた話に後日談を加えたものです。
過去スレが読めなくなっているので書き直しました。
時間が経ったのでディテールが若干変ってしまっているかもしれません。
それと、個人特定を避ける為に事実に手を加えた部分もあるので
以前書いたものと矛盾点もあると思います。

関東の某所に旧赤線地帯として有名な町が在った。
「在った」と過去形なのは、その町にあった売春街は数年前に行政の手に
よって完全に壊滅し、終戦から半世紀以上の歴史に幕を下ろしたからだ。
私はその地域にある某大学に通っていたが、卒業後、家業を継ぐために
実家に戻って数年が経過していた。
事件は大学の同期と同窓会兼ツーリングクラブのミーティングで集まった時に
起こった。

私は長目に休暇が取れたので、同窓会の開催日よりも早目に上京し、当地
に住む友人宅に逗留していた。
そして、当地に住むもう一人の悪友と3人で問題の売春街に繰り出す事に
なった。
期待に胸と股間を膨らませた我々3人は売春街の外れの私鉄のガード下に
バイクを停めると、遊び相手の女の子を物色する為に街を徘徊して回った。
壊滅前のその町は、燃え尽きる蝋燭の最後の輝きのように凄まじいばかりの
活況だった。
所謂「裏風俗」であるのに、まるで縁日か初詣のような人出。
飾り窓?に立っている女の子も中国人、タイ人、台湾人、ロシア、コロンビア
など国籍・人種も様々でバラエティに富んでいた。

街に着いたのは午後10時過ぎだったと思う。
あまりの人の多さに我々は終電の時間まで食事をしたり、店の娘を冷やかしたり
して時間を潰した。
徘徊しているうちに妙に気になる娘がいた。
メインストリートから川側に一本外れた通りのコインパーキングの横の店にその娘
は立っていた。
白いキャミソールを着た色白の黒髪の娘。
余り化粧気はなく、目が合うとニコッと微笑むだけだったが、キツ目の化粧で激しく
客寄せの声を掛けてくる女達の中では却って目に付いた。
終電の時間が過ぎ人通りも少なくなった(それでも結構な人数が歩いていたが)。
そこで、そろそろ行きますかということになった。
友人の一人が私に「どの子にするか決めた?」と聞いたので、
「コインパーキングの横の店にいた白いキャミの子にするわ」と答えた。
もう一人の友人は「そんな子いたっけ?」と言った。
「俺、ロシア」「俺はコの字の所にいたあやや似の子」
「それじゃあ皆、健闘を祈る。地雷を踏んでも泣かない。
終わったら川の向こうのミニストップで待ち合わせな!」
そう言うと我々はそれぞれ思い思いの女のいる店に向かって分かれた。

目的の店に着くと目当ての白いキャミの子はいなくて、赤い服を着た工藤静香似の
髪の長い女が立っていた。
私は女に「白い服の子は」と聞いた。
女は「えー、この店私一人だよ。今店を開けたところだから見間違いじゃない?
お兄さん遊ぼうよー、サービスするからさー」
他にめぼしい女はいなかったし、待ち合わせがあるので新しく物色する時間も
ないのでその店に上がる事にした。
店を開けたばかりというのは本当らしく、女は「ちょっと待ってて」と言って2階に
用意のために上がって行った。
カウンターで女の出してくれたウーロン茶を飲みながら待っていると2階から
女が「どうぞ」と声を掛けてきた。
階段の前で靴を脱いで、暗くて狭い階段を1段昇った。
その瞬間、全身の毛が逆立つような悪寒が足元からぞわっと上ってきた。
初風俗で緊張しているのかな?とも思ったが階段を一段昇る度に嫌な感じ
は強くなった。

部屋の前に着くとおよそ霊感と言うものに縁がない私にも分るくらいに
部屋からは嫌な空気が流れ出ていた。
全開にされたクーラーの冷気とは違う冷たさを感じた。・・・やばい!
しかし、ここまで来て引き返す訳にもいかず私は部屋に足を踏み入れた。
足を踏み入れた瞬間、体が重くなり下に引っ張られるような感覚とピキピキと
いう軋みのような音が耳元で聞こえた。
冷たい汗がぞわっと出てきたが、私は女に諭吉を1人引き渡して、されるがまま
服を脱いだ。
部屋は薄汚れた和室で、壁の下半分は鏡張りになっていた。
女は手コキしながら私の乳首をチロチロしばらく舐め続けると、下へ下へと舌を
這わせ、そのままフェラを始めた。う、うまい!
私の息子が完全にオッキすると口でゴムを嵌めてその上に跨った。
女は騎乗位で巧みに腰を使い、演技臭い喘ぎ声を出した。
突き上げながら女の乳を揉んでいると、視界の外、女の背後に何かが動いた
ような気がした。
私はビクッとなって、視線を女の顔に移した。
女は「上になる?」と言ってきた。
私は今度は正常位で腰を振った。
腰を使っていると不意に髪の毛か何かで背中をなぞられる感覚がした。
恐る恐る背後を見たが何もいない。
しかし、視線を正面に向け、鏡を見た瞬間、確かに見た。
青白い女の顔を!
私は恐怖で固まって目の前の女にしがみ付いた。こわい!こわい!助けて!

女にしがみ付いて固まっていると不意にピピピッとタイマーが鳴った。
女は「まだイッてないね。延長する?」と言ってきたが、私は逃げるように服を着て
店を後にした。
とにかく怖くて、恐ろしくて、一刻も早く人のいる所、明るい所に行きたかった。
私は待ち合わせ場所のミニストップへと急いだ。
どれくらい経ったのだろうか、友人二人が待ち合わせのミニストップに来たとき
私は雑誌コーナーで全身に冷たい汗をかいて空ろな目をして座り込んでいたと
いう。
声を掛けたり肩を揺すっても反応がなく、尋常ではない様子に友人は迎えの車
を呼んで私を運んだ。
車中で私は大量に吐いたらしく、それを見た友人は夜食に食べた「蟹ラーメン」
に当ったのだと思ったらしい。
逗留先の友人宅に運ばれベットに寝かされた時には私の意識は回復していた。
バイクを取りに行くと言う友人にキーを渡すと、私は友人の言葉に従って眠りに
ついた。

眠りについてどのくらい経ったのだろう?
私は顔を髪の毛でくすぐられるような感覚で目を覚ました。
目は覚めたけれども体は動かない。
声を出して人を呼ぼうとしても声が出ない。
金縛りだ。
金縛りの経験は何度かあるので私は落ち着きを取り戻した。
眼球は動かせるので部屋の中に視線を走らせた。
その時だった。
突然目の前の空間に先ほどの青白い女の顔が浮かんでいた。
鼻の頭が触れ合いそうな至近距離に!
女は先ほどの店の前で見た白いキャミソールの女だった。
女の双眸は私の目を覗き込んでいた。
私は恐怖で発狂寸前だった。
目を閉じようとしても閉じられない。
恐怖に固まっていると唇に不意に冷たい感覚を感じた。
女の唇が私の唇に重ねられている!
そして、冷たい舌が口内に侵入してくる感覚・・・その冷たい舌に私の舌は
舐られた。口の中に鉄臭い血の匂いが広がった・・・
私は全身の骨が砕けてもいいと思って自分の体をベットから引きはがした。
友人が帰ってきて私を起こした時、私は鼻血を流しながらフローリングの床に
横たわっていた。
夜が明け、朝日を浴びると前夜の事が嘘のように私の体調は元に戻った。
念のために医者にも掛かったが特に問題はなく予定どおり同窓会とツーリング
に参加して私はまた忙しい日常へと戻って行った。

あの恐怖の体験から2・3ヶ月が経った頃、私は偶然以前付き合ってた元カノと
食事をすることになった。
取り留めのない会話をしていると元カノが突然真剣な目つきで私に言った。
「**ちゃん、あなた、物凄くイケナイ場所に行かなかった?」
私はどきっとして「えっ?」と答えた。
元カノは良く言えば「霊感の強い」女、所謂「電波」とか「不思議ちゃん」
といった類の女だった。
おっとりとした美人で気立ても良く、正直未練もあったが、彼女の「電波」、それ以上に
彼女の母親の電波の出力に耐えかねて分かれることになった。
母娘揃って怪しげな宗教に嵌まり込んでおり、母親の方は拝み屋の真似事までしていた。
「早くお祓いした方がいいよ。お母さんに頼んであげようか?」
「いいよ。お前の家には絶対に行かないよ。分ってるだろ?」
「そう言うと思った。代わりにこれを身に付けていて。絶対に手放しちゃダメだよ」
そう言うと黒い石に何か文字のようなものが彫ってあるチョーカーを渡した。
元カノの言葉に従って私はそのチョーカーを身に付けた。
数々の逸話から元カノ母娘の力が「本物」なのは確かだったからだ。

やがて年が開け新年を迎えた。
年明けのあいさつ回りで偶然に取引先の会社で私は中学時代の同級生と再会した。
何度か食事や遊びに行って、バレンタインデーに告白されて私と同級生は付き合うことになった。
GW私と彼女は二人で温泉旅行に出掛けた。
私はプライベートでは基本的にバイクにしか乗らない人間で、車は家のボロイ営業車しかない。
温泉旅行は彼女の車に乗って、彼女の運転で行った。
彼女と部屋でエッチしたあと、私は一人で露天風呂に入りに行った。
脱衣所で服を脱ぎ、元カノに貰ったお守りのチョーカーを外してバスタオルの上に置いた。
夜遅い時間だったので露天風呂に入っていたのは私だけだった。
風呂から上がって脱衣所に行くと籠の中のバスタオルの上に置いたチョーカーがない。
籠の中や脱衣所の中を一通り探したが見つからず、フロントにも頼んだが結局見つからなかった。

部屋に戻ると少し飲んでほろ酔い加減の彼女がしな垂れかかって来て「エッチしよ」と
言うので布団の中でウフン・アハンとじゃれあっていた。
やがてマジモードに入り、そろそろイきそうになってきたところで不意に背筋をゾワゾワっと
逆立てるような感覚が走った。
物凄く嫌な感覚だった。
そのまま果てると私は彼女に腕枕しながら眠りについた。
夜中に私は妙な感覚で目が覚めた。目が覚めたといってもかなり寝ぼけた状態だったが。
キスされたり体のあちこちに舌を這わされる感覚がした。
やがて彼女が体をを沈めて来る感覚がしたので起きようとしたが体が動かない。
ええ?っと思って目を開けると私の体の上で身を沈めていたのは彼女ではなく、例の白い
キャミソールの女だった。
私は女と目が合ったまま視線を外す事ができない。
女の真っ赤な唇がニイッっと笑った。
私は悲鳴を上げようとしたが、その悲鳴は女の唇に塞がれた。
意識が遠くなり、私は気を失った。
帰りの車の中で私はグッタリしていた。
彼女は「車酔い?大丈夫」と心配したが「大丈夫」と答えるしかなかった。

温泉旅行から帰ってきて私と彼女は忙しさもあって、遭ったり電話したりする機会がなかった。
2週間位経ったか?
週末、仕事が早く終わった私はバイクを車検に出す為にショップに向けてバイクを走らせていた。
すると対向車線に見慣れた赤い車が信号待ちしている。
私はクラクションを鳴らして手を振ったが彼女は気付かない。
やがて信号は青になった。
クラッチを握り、ギアをローに入れようとした瞬間、私は見た。
彼女の車の後部座席に例のキャミソールの女が座っていて、私の方を見て笑ったのだ!
ショップに着いてすぐに私は彼女の携帯に電話を入れた。
しかし、携帯は繋がらず「この電話は現在電波の届かない所に・・・」のアナウンスがあるだけ。
自宅に何度電話しても話し中。
私はショップで借りた代車を彼女の自宅へと飛ばした。
しかし、ガレージに車はなく、呼び鈴を鳴らしても誰も出てこない。
連絡が取れないまま月曜日になった。
残務を終え帰り支度をしていると携帯が鳴った。
携帯に出ると地元の友人が凄い剣幕で「お前何やってんだよ!##ちゃん事故ってヤバイって。
早く@@第一病院へ行け。急げ!」
私はタクシーを捕まえて病院に向かった。
病院に付くと彼女の両親と連絡をくれた友人がいた。
彼女が事故を起した現場が偶々友人の職場の目と鼻の先だったのだ。
事故った車はグチャグチャで、車外に救出された彼女は救急車でサイレンも鳴らさずに
搬送されたのだという。

放心状態の彼女の両親、その場のあまりに重たい空気に耐えられず私は友人に付き
添われて、タバコを吸いに待合室に向かった。
廊下で看護婦とすれ違った。
すれ違いざま、その看護婦がニヤッと哂ったように見えた。
2、3m進んだ所で私はハッとした。・・・今の看護婦、あの女だ!
すぐに振り返ったが、もうそこには看護婦はいなかった。

彼女の49日が過ぎてしばらくして私は元カノに呼び出された。
待ち合わせ場所に行くと予想はしていたが、やはり彼女の母親が待っていた。
私は流されるように、彼女らに全てを委ねた。

それから数年、私は仕事で上京。
宿泊先のホテルから近い事もあり例の元売春街に足を運んだ。
夜桜でもと思ったが川沿いの桜はもう散ってしまっていた。
街は様変わりしていた。200店以上在ったという「売春宿」の半分くらいが取り壊されて
剣道場?やコインパーキングになっていた。
川の上では何やら規模の大きい工事をしており、川沿いの道は綺麗に整備されていた。
メイン通りの真ん中のガード下には仮設交番があった。
裏通りには古ぼけた地蔵があった。
なんとなく手を合わせているとかなり年を食った婆さんに声を掛けられた。
婆さんの飲み屋は私の上がった店の2軒隣にあった。
店の中には客らしい片腕の小汚い爺さんが1人いるだけだった。
婆さんに勧められるまま私はかなりの量のビールを飲んだ。
酔いのせいだろうか、私はそれまでの出来事を話した。
婆さんは「そういうこともあるさね。この街で命を落とした女は沢山いるからね。
薬の打ちすぎで部屋で冷たくなってた女。逃げ出そうとして見せしめに殺された
女。店の中で客に滅多刺しにされて死んだ女。あんたの言ってた店では確か
ガード下にまだ店があった頃に客に惚れた娘が散々貢がされた挙句に捨てられて
首を括って死んでた事があったよ。ここはそういう女の恨みの詰まった土地だよ。
全部ぶっ壊して更地にしたって消えやしないよ」と忌々しそうに語った。

後数年もすれば、あの街は跡形もなくなって、ああいう場所だった事も忘れ
去られるのだろう。
あの街の「怨念」も人々の記憶と共に消え去るのだろうか。
私があの街に足を運ぶ事もないだろう。
私は酔いで重くなった足を引きずりながら今は無き色街を後にした。


体育館の裏扉

私が小学校3年生のころ、クラスで怖い話が大流行しました。
中でも一番人気を集めたのは、学校の七不思議で、
お決まりの「夜になると動き出す人骨模型」や「トイレの花子さん」の話でもちきりになりました。

その中の一つに、「体育館の裏扉」というのがありました。
木造の体育館のステージ裏の通路に、大きな開き扉が設置されていて、
その扉を開けると、異次元の世界に吸い込まれる、というものでした。
「体育館の裏の通路なんて、入ったことないね」と、私がいうと、
「ちょっと見に行ってみようか」と親友のミナちゃんが言いました。
好奇心にかられた私たちは、その日の放課後、例の扉を見に行くことになりました。

ステージの裏通路に潜り込むには、まず、袖部屋にあるドアから入らなければなりません。
しかし、ドアの前には、跳び箱やら、マットやら、平均台などの用具が置かれていて、
それらを片付けなければ中に入れませんでした。
二人でそれらをどかし、私が先に古びたドアノブに手を掛けました。
「?!」
ノブの下に、小さく何かが貼られていました。

一瞬、何かのシールかな、とも思いましたが、よく見るとそれは、
ぼろぼろになったお札でした。
私は途端に背筋が寒くなり、2,3歩後ずさりしました。

すると、突然ミナちゃんが笑い出しました。
「なに?怖いの?ここで待っててくれてもいいんだよ?私は行くから」
そう言うとミナちゃんは、臆病な私をおしのけ、勢いよくドアを開けました。

中を覗くと、幅60センチくらい、高さは150センチくらいの狭い通路がありました。
明かりはないので、長さまではわかりませんでしたが、とても埃くさく、
長い間誰も手入れをしていないことぐらいはわかりました。
ミナちゃんは、さっき用務員室から勝手に拝借してきた懐中電灯を点けると、勇敢にも中に入って行きました。
一人取り残されるのも怖かったので、私はミナちゃんの後を追いました。

「!」
突然ミナちゃんが立ち止まりました。
びっくりしてミナちゃんの視線の先に目を向けると、
懐中電灯で照らされた、小さな光の輪の中に、古い木の開き戸が浮かび上がりました。
「部屋って、これじゃない?」とミナちゃんが言いました。

私は不気味な気持ちを抑えられませんでした。
それもそのはずです。その開き戸一面に、お札が張り巡らされていました。

「もう帰ろう!」
私はとても怖くなり、ミナちゃんを説得しようとしましたが
「なんで?せっかくだから開けてみようよ」と、ミナちゃんは何だか楽しんでいるようでした。
ミナちゃんは怖いもの知らずで、今までにも何回かこういう場面に出くわしたことがありましたが、
今回も、彼女は恐怖心よりも好奇心の方が勝っていたようでした。
ミナちゃんは、私が止めるのも聞かず、開き戸に手を掛けました。
そしてゆっくりと手前に戸を引っ張りました。

「あはははは!ただの鏡じゃん」と、ミナちゃんが笑いました。
完全に開いた戸の中には鏡があり、笑っているミナちゃんと、拍子抜けした私の顔が映っていました。
「なんだ~、部屋なんてないんじゃん、もう、びっくりした~」
私たちは、何だか安心してしまい、鏡の前で変なポーズをとったりしていました。

「もう、出ようか」
私が言うと、ミナちゃんもさすがに飽きたのか同意してくれ、もと来た方に引き返します。
私の後にミナちゃんが続き、さっきの袖部屋に出ました。
「さあ、この用具もとにもどさないとね。私たちがここに入ったこと、ばれないようにしなきゃ」
そういって私が振り向くと、ミナちゃんがついてついてきていませんでした。
「ミナちゃん?!」
私は慌てて、暗い通路に再び足を踏み入れました。
しかしミナちゃんはどこにもいませんでした。

私は嫌な予感がしました。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではありません。
私はミナちゃんの名前を叫びながら、さっきの鏡の前まで来ました。
ミナちゃんが閉め忘れたせいで、扉は開きっぱなしになっています。
私は懐中電灯で、鏡を照らしました。
そのとき・・・
私でもミナちゃんでもない、人間の顔がはっきりと鏡に映ったのです。
それは、中年の男性でした。
どこにでもいるようなおじさん、という印象を受けました。
私は慌てて周りを見回しました。しかし、そこにいるのは私ひとりです。
私以外の誰かが移りこむはずはありません。
再び鏡に目を向けると、今度はそのおじさんが物凄い形相で私を睨み付けていました。
私は思わず悲鳴を上げると、一目散に走り出しました。

その後のことはよく覚えていません。
気がつくと私は、保健室のベッドで泣きじゃくっていて、先生が面倒をみてくれていました。
あの後、結局ミナちゃんはみつかりませんでした。ミナちゃんの両親からは捜索願が出され、
警察と学校中が総力を挙げて探しましたが、手がかりひとつ出てきません。
私は、正直に鏡のことを話すことができませんでした。
というより、恐ろしくて話せなかったのです。ミナちゃんは、あの鏡に映ったおじさんに連れて行かれてしまったんでしょうか。

あれから12年、校舎の改築とともに、体育館も取り壊され、新しいコンクリートの建物になりました。
ミナちゃんの両親は、もう娘は生きていないものと思い、お葬式まで挙げてしまったそうです。
私はあの出来事を、いまだに誰にも話すことができていません。


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